防衛力整備の議論の仕方

防衛力整備の議論の仕方

北朝鮮の核開発は、より危険な水準に入っているようです。

いわゆる戦術核(核弾頭)の備蓄を急速に増やしているという情報もあります。

金総書紀は「核の先制使用も辞さず…」という意思を明確に示し、すなわち核使用のハードルを低くしながら、米国との非核化の話し合いには一切応じない姿勢を明らかにしています。

このように平壌が強気な姿勢を示す背景にはモスクワとの良好な関係があるのでしょう。

そしてウクライナ戦争を遂行中のプーチン大統領もまた、5月9日の戦勝記念日の演説で「戦略核をいつでも使用できる体制を整えている…」と強調しています。

モスクワも平壌も、ともに11月の米大統領選を前に国家分裂の危機に直面している米国の足元を見透かしているかのようです。

退潮傾向の著しい米国では、もはやワシントンの北朝鮮への関心が薄れているようにもみえます。

こういう時こそ、独裁者の些細な判断ミスが戦争につながるリスクが高まります。

さて、日本の政治家の中には北朝鮮の核に対抗して「日本も核武装の議論をすべきだ」という意見があります。

むろん、米中露の態度を真剣にさせるため、とりわけ中国への牽制、あるいは米国に対する日本の自主性確立のためにはそうした発言は当然の発言かと思われます。

しかしながら、それよりももっと重要なことは、政治家たちが政治・軍事の問題に正面から向き合い、現実的な危機となっている北朝鮮の脅威に対抗する防衛力を、法制面も含めてどのように整備するかを真面目に議論し、それを国民に伝え、この重要問題について感情論ではなく合理的な国民合意を導き出すことにあります。

巷には「尖閣を守りきるには核が必要だ」という意見もありますが、少し短絡的に過ぎると思います。

中国が尖閣を強奪しようとする際、核を使用するとは思えないし、逆に日本が核を保有したからといって中国が強奪を試みないとも思えません。

そもそも、一国の総理が靖國神社に参拝することすらできない現状で、どうして核武装など表明できようか。

核兵器の話をする前に、それに関連する政治、外交、軍事、経済、科学技術等の問題を広く、かつ漏れなく検討しなればなりません。

例えば軍事・外交面でいえば、核を持った場合、あるいは核を持たない場合の外交の在り方や在来兵器による防衛力整備の在り方を議論する必要があります。

また政治面では、米国の退潮をどうみるのか、という問題もあります。

米国による軍事的一極支配はどこまで揺らいでいるのか、つまり米国による一極秩序は完全に崩れ、既に世界は多極秩序時代に突入しているのか、それとも今は未だ「その過程にある…」と考えるかなど、まずは世界情勢を正しく認識するところから議論をはじめなければなりません。

もしも一極秩序体制が揺らいでいるのであるとすれば、日本は一極秩序体制を維持・回復するために協力すべきなのか、あるいは世界の軍事的多極化を促進すべきなのかを議論し、国家としての進路を判断し、それを国民に伝えてもらわねばならない。

為政者たちは、左翼の夢想も右翼の妄想も排して、リアリズムをもって事に臨んでほしい。