逐次投入批判は的外れ

逐次投入批判は的外れ

国会は閉会中ですが、一昨日(1月24日)に参議院予算委員会が開かれ、岸田総理及び関係大臣が出席するなか能登半島地震等についての集中審議が行われました。

質問に立った立憲民主党の杉尾秀哉という議員が、発災直後の政府対応について「自衛隊の派遣が明らかに遅く、しかも少なかった…」と批判していました。

同じく立憲民主党の泉代表も、自衛隊が2日目に1,000人、3日目に2,000人、5日目に5,000人と派遣規模を段階的に増やしたことについて、大東亜戦争時代のガダルカナル島の戦いを引き合いに出し「逐次投入になっており、遅い」と批判しています。

秋田県の佐竹知事もまた「最初から1万人規模の投入が必要だった」と逐次投入論に加担しています。

こうした逐次投入批判について木原防衛相は、道路が寸断されて陸の孤島となっている被災地の状況を鑑みて「道路の復旧状況などを見ながら受け入れ人数を増やしていった」と反論しています。

災害出動の経験をもつ自衛官OBによれば「能登半島はもともと交通アクセスが限られており、被災で余計にルートの確保が困難になっているので、最初から1万人を投入することはできないだろう」とのことです。

なるほど1万人が宿泊できる場所、水や食料や電源などの補給をいかに確保できるかなどの現地状況が確認できない以上、いきなり大動員などできるはずもない。

もしも確認できないままに大動員などしたら二次災害の可能性も高まります。

よって、逐次投入批判は拙速かと思われます。

立憲民主党の泉代表がどれほどに戦争史を学んでおられるのか知りませんが、ガダルカナル島の戦いは「逐次投入」が敗因ではないと思います。

敗北の主因は、ガダルカナルの飛行場を奪取するために、あのような大勢力の米海兵隊が着上陸することを、日本の海軍も陸軍もまったく想定していなかったことにあります。

想定していなければ、準備も訓練もできません。

すなわち、兵力投入の問題ではなく、戦争をするのに「どんな戦争準備をしたのか…」の問題です。

今回の震災において災害派遣の初動が円滑にいかなかったのであるとすれば、それは当初部隊投入の決断にあったのではなく、もともとあの地であのようような災害が発生することを、気象庁のみならず学者や県庁・各省庁の役人、議員、自衛隊の誰もが想定しておらず、そのための準備も訓練もほとんど行われなかったことにあるのではないでしょうか。

私たちはまず、そこから反省すべきだと思います。