脅威は常に多様で不確実

脅威は常に多様で不確実

わが国は、今後5年間で防衛費を60%以上増やし、北朝鮮や中国本土を直接的に攻撃できる「反撃能力」の保有を表明しています。

これを以って「日本の軍事大国化!?」を懸念する論調がありますが、何をか言わんやです。

防衛3文書の改定、防衛費の増額(対GDP比2%)、反撃能力の保持は、あくまでも自衛隊の「基盤的防衛力」を強化するためのものとして私は理解しています。

いつも言うように、防衛力整備には2種類があります。

一つは基盤的防衛力の整備、もう一つは脅威対抗防衛力の整備です。

後者による防衛力整備(脅威対抗防衛力による整備)を行って失敗したのが、他でもない大東亜戦争時の帝国陸海軍です。

基盤的の基盤とは、いつでも拡張(エキスパンド)できるための基盤という意味で、不確実で多様な脅威に対してオールラウンドな体制で備えておくことです。

脅威対抗論で整備すると、特定の脅威にしか対応できなくなります。

ところが、実は防衛省は10年以上も前から「基盤的防衛力」構想を捨て、脅威対抗論に乗り換えています。

当時は北朝鮮の小さな懸念を除いて大きな脅威予想がなかったので、GDP1%程度の予算でも何とか脅威対抗論で対応可能と考えたのだと思われます。

ご承知のとおり近年は、北朝鮮のみならず、中国・ロシアの脅威もより具体的になり、もう一つ米国の軍事力が退潮傾向にあることから、日本独自で中国・ロシア・北朝鮮の日本侵攻を阻止・抑止しなければならないという意識が強くなっています。

しかしながら、もしも中国・ロシア・北朝鮮が連合して日本に侵攻した場合、例え日本の防衛費を今後5年間で60%以上増やしたとしても、即ち、対GDP比2%にしても、これらの国々との国家間決戦で独力で戦うことは不可能だと考えます。

そもそも現実的に考えれば、中国もロシアも日本に国家間決戦を挑み、日本全土を壊滅占領しようとする意図などなく、またそれは米軍基地がある限り不可能です。

要するに「対GDP比で2%の防衛力にしたから米軍に帰国して貰え…」とはならない。

ただし、中国・ロシアは米・中・ロの間にいる日本を軍事的にも政治的にも経済的にも「弱体化したい…」と考えているのは間違いないところです。

おそらくそれは、例えば中国お得意の三戦(心理戦・宣伝戦・法律戦)利用によってある程度は可能であり、武力攻撃は事実上出来ないものと考えているはずです。

むろん、日中間にある無人島の尖閣、あるいは有人島の与那国島などを防衛することや、日・ロ間にある北方4島、利尻・礼文などの有人島問題、更には日・韓(北)の間にある竹島問題が国境紛争として現実的に存在しています。

これらの国境問題は互いに引くに引けず、いったん紛争が勃発すれば必ず長期化し、泥沼状態に陥る可能性が高い。

要するに、お互いに得策ではないので、紛争が起こらないように相互努力するしかない。

尖閣の場合は、わが国が施政権を持っていることは明白ですので、その証拠増大を図る必要があり、それはある程度可能だと考えます。

現在、世界各国の防衛予算はサウジなど紛争中の国を除き、いずれも対GDP比2%前後の予算であり、臨戦体制にある国というのは極めて少ない。

例えば、ウクライナに侵攻したロシア軍は当初、ウクライナ全土を占領し植民地化しようとしたのかどうかは不明ですが、「戦争」とは言わずに「特別軍事作戦」と言っているプーチン・ロシアの軍事予算(当初)は対GDP比2.6%で、それでもこの作戦を開始してから僅か2か月で2022年度予算の半分以上を使ってしまったらしい。

これは明らかにプーチン大統領の見込み違いだったはずで、今後もウクライナ戦線を維持するためのさらなる予算確保が必要になります。

つまり、対GDP比2%以上あってもなお、「特別軍事作戦」という「国境紛争に過ぎないもの」にさえ予算規模が足りないという現実を私たちは理解するべきです。

よって私は、対GDP比2%の防衛費を確保してもなお、基盤的防衛力を強化すべきだと考えます。

ゴルフにクラブ・セッティングがあるように、軍事にもバランスのとれたクラブ・セッティングが必要です。

脅威対抗論で防衛力を整備していくと、いつのまにかクラブの半分以上がドライバーであったり、クラブの半分以上がサンドウェッジであったりといった極端なクラブ・セッティングとなり、まともにコースをまわることなどできなくなります。

もっと言えば、わが国が集団安全保障の責務を果たすための、バランスのとれたクラブ・セッティングが必要です。

軍事的脅威というのは、常に多様で不確実なものなのです。