2024年1月1日に発生した能登半島地震から、2年が経過しました。
この地震では、木造住宅の倒壊や道路・上下水道などインフラ被害が広く報じられましたが、一方で、建物としては崩れなかったにもかかわらず、建物そのものが転倒するという、極めて甚大な被害も発生しています。
たとえば、石川県輪島市では、杭基礎を有する地上7階建て鉄筋コンクリート造建築物が転倒し、倒れた建物が隣接する木造住宅を下敷きにする被害が発生しました。
この転倒被害について、国土交通省の有識者委員会は、地震後の解体調査や基礎杭の詳細な確認を経て、2025年12月に転倒に至るメカニズムをまとめた報告書を公表しています。
この報告書で明らかになった事実を踏まえ、この被害を「古い建物の例外的な出来事」として片付けてよいのか、また、現行の耐震基準の下でも同様の危険は残っていないのかという点を整理する必要があります。
その上で、自治体として既存建築物をどのように点検し、どこに優先順位を置いて安全対策を講じるべきかを考えなければなりません。
能登半島地震で確認されたこの転倒被害は、本当に「古い設計基準による特殊な事例」にとどまるのでしょうか。
問題は建物が「古い」かどうかではなく、どのような構造を持ち、どのような立地条件に置かれているかという点にあります。
言い換えれば、建築物のリスクは「築年数」ではなく、「構造と立地」によって再定義されるべきです。
今回明らかになったのは、上部構造が大きく損壊しなくとも、基礎杭、とりわけ杭頭部が脆性的に破壊されれば、建物全体が「耐震構造物」から「転倒し得る物体」へと変わってしまうという事実です。
しかもその過程は、設計ミスや施工不良といった分かりやすい瑕疵ではなく、建物形状の偏りや荷重の集中といった、どこにでもあり得る条件の重なりによって引き起こされています。
現行の耐震基準は、主として上部構造の安全性、すなわち「倒壊しないこと」を評価の中心に据えています。
その考え方自体は合理的ですが、一方で、杭基礎が支持力を失った後に生じる「転倒」という現象を、正面から検証する仕組みにはなっていません。
言い換えれば、制度は「どこまで揺れても持ちこたえるか」は問うてきましたが、「一度傾いた後、止まるのか、それとも倒れるのか」という問いには、十分に答えてこなかったのです。
これは、現行基準が誤っているという話ではありません。
しかし、基準が想定していない破壊の形が、現実には起きてしまった以上、そのギャップを直視する必要があります。特に、既存建築物については、「当時の基準を満たしているかどうか」だけで安全性を判断することが、もはや十分ではない段階に入っているのではないでしょうか。
この問題に対して、自治体が果たすべき役割は明確です。
すべての建物を一律に詳細調査することは現実的ではありませんが、構造的に見て危険性が高まる条件を整理し、優先的に点検すべき建築物を抽出することは可能です。
築年数だけでなく、杭基礎であること、建物形状や柱配置に偏りがあること、そして転倒した場合に周囲へ重大な二次被害を及ぼす立地条件にあること。
こうした要素を組み合わせて評価する視点が求められます。
重要なのは、これを所有者個人の自己責任に委ねないことです。
建築物の転倒は、その建物の中にいる人だけでなく、周囲に暮らす人々の命をも脅かします。
だからこそ、自治体には、技術的知見を踏まえたリスクの可視化と、都市全体の安全を見据えた優先順位付けを行う責任があります。
能登半島地震の教訓は、「基準を守っていれば安心だ」という思い込みが、現実の前ではいかに脆いかを示しました。
制度は、常に過去の経験をもとに作られます。
しかし現実は、その想定を超える形で私たちに問いを突きつけてきます。
今回明らかになった事実を、単なる技術報告で終わらせるのか、それとも都市の安全を見直す契機とするのかが、いま問われています。


