理解に苦しむ食料政策

理解に苦しむ食料政策

「ホロドモール」という、数百万人が飢餓によって死亡した大虐殺事件をご存知でしょうか。

1932年からソ連支配下のウクライナで発生したのですが、ウクライナの人々はこのとき、自分の家族をも手にかけて食べるという極限の飢餓を経験し、最終的には少なくとも330万人が飢え死にしたとされています。

「大虐殺」と断定できる理由は、この飢餓が人工的に引き起こされたからです。

この人類史上最悪とも言っていい歴史は、スターリンの計画によって引き起こされたのでございます。

その所業があまりにも非人道的であったために、ソ連は約半世紀にわたってホロドモールを隠蔽し続けました。

事件の経緯は以下のとおりです。

まず、ソ連の新たなリーダーになったスターリンは、国の現状に大いなる危機感を抱いていたという。

ソ連全体がまだまだ貧しい中、ロシアに隣接するウクライナの農民に富が集中していたからです。

ご承知のとおり、今もなおウクライナは肥沃な土地を生かした穀物の栽培が盛んなところで「一大穀倉地帯」です。

当時、そんな土地で作られた穀物を売って所得を稼ぐ、金持ちウクライナ農民が増えていきました。

1930年代初頭といえば、ソ連が発足したばかりですので未だ革命の傷跡は深く、周囲の先進国に比べソ連全体の成長はことのほか遅れていました。

そのため、このままウクライナだけが豊かになり金持ちが増え、一部の人たちだけに富が集中していくとソ連全体としての成長ができず、それどころか再び革命が起きてしまうとスターリンは焦ったのかもしれません。

ただでさえ民族意識の強いウクライナ農民です。

過去にもロシア政府に反抗して内乱を起こした経緯もありました。

だからこそ、ウクライナの農民をなんとしてでも服従させ、「国を強くしたい…」と思い込んだのだと思われます。

そこでスターリンは、ある恐ろしき極秘計画を立てました。

その計画こそ、悪名高き「第一次五カ年計画」です。

簡潔に言うと、ウクライナの農民から無理やり食糧を取り上げ、それを海外に売りさばいて国内の工業を発展させるという計画でした。

実際にソビエト政府は、農民から家や農作物を奪って強制的に働かせました。

その収穫はすべて工場で働く労働者に提供されるか、外国に売りさばかれたのです。

これが、ソ連の工業力が急激に発展した最大の理由です。

ウクライナの農民は、いくら働いても自分の所得にならず、課せられたノルマを達成できなければ罰せられた。

そうしたなか、天候不順が原因でソ連全体で食糧不足が発生し、次第にウクライナでは餓死者が続出。

こんなとき、普通の政府なら外国から食糧を輸入し、まずは何よりも国民が食べていけるようにしますが、残念ながら当時のソ連政府は普通ではなかった。

食糧不足が起きてからも、農民からは作物を奪い続けては次々と外国に輸出して外貨獲得に走りました。

しかもスターリンは、ウクライナの農民が絶対に棄農できないように周到な法律も整備しています。

限られた農作物や食糧も徴収された人々は、ペットの犬や猫、道端の雑草や木の皮を食べて飢えを凌ぐほどでした。

やがてそれもなくなると墓から死体を取り出して食し、それさえも尽きると自分の家族に手をかけ食したといいます。

極限の飢餓状態に陥った人間が最後にどうなるかは、古今東西の歴史が証明しているところです。

過日に他界したキッシンジャーは「食料をおさえれば、その国の人民が手に入る」と言い、キューバの革命家であったホセ・マルティは「食料を自給できない人たちは奴隷である」と言いました。

すなわち、食料は核兵器に勝るとも劣らない「武器」になり得るということです。

ホロドモールは歴史のなかの出来事ですが、現在の我が国の食料政策をみていると、日本国民として同種の危機感を抱かざるを得ません。

作物の種や肥料、家畜のエサなども含めますと、日本の食料自給率は10%を満たすことができません。

このことは、日本が食料によって支配される側にあることを意味しています。

なのに、今国会に提出予定の『食料・農業・農村基本法』には、「農産物の輸出強化」が新たに謳われています。

自分たちの食料を自分たちで賄うことすらできていないのに、海外への輸出が優先されるのですか?

それではまるで、ホロドモールが起きたウクライナと同じではないでしょうか。