日本が五輪を中止にできない理由(わけ)

日本が五輪を中止にできない理由(わけ)

6月3日、政府の新型コロナウイルス感染対策分科会の尾身茂会長は国会審議で次のように述べました。

「本来、(五輪を)パンデミックのなかでやることは普通ではない。それをやろうとしているわけで…」

尾身会長だけはなく、世論調査では日本国民の大半が現状での開催に反対してます。

そうしたなか、五輪は中止されることなく粛々と準備が進み、各国の選手団も到着しはじめ聖火リレーも日本中をまわっています。

とはいえ、当然のことながら普通の五輪にはなりません。

すべての会場で入退場規制が行われ、来場した観客の全員がマスク着用を義務づけられ、お気に入りの選手やチームのために歓声をあげることも禁止されます。

むろん、大声で話すことも禁じられます。

こうした制限を受けて、一部メディアはこの五輪を「喜びのない五輪」と揶揄しています。

しかしIOC(国際オリンピック委員会)は、強気なメッセージを発し続けています。

「選手たち同様に、IOCも集中力を発揮して大会の準備をしている…」(トーマス・バッハIOC会長)

とはいえ「パンデミックの最中に、どうして大会が決行されるのか?」という素朴な疑問はつきまといます。

本日は、その理由について考察してみたいと思います。

まずそこには、①カネと②政治の問題があることは確かなようです。

まず、カネの問題から…

なんと言ってもIOCにとっては、五輪開催は最大の収益手段です。

放映権やスポンサーシップを合わせると約6600億円(約60億ドル)に上ります。

上のグラフのとおり、IOCの五輪収入の73%を放映権が占めています。

こうした収益についてIOCは「これは世界のためになるものだ」と強弁しています。

IOCのWebサイトによれば、2013~2916年には57億ドルの収入があったようで、IOCはその収益を基に「毎日340万ドルを世界中のアスリートやスポーツ組織の支援に投じている」と言っています。

一方、5月29日付の『日経アジア』が、どうしてパンデミックのなかで五輪は決行されるのか、について以下のような興味深い見出しをつけています。

「IOCが五輪をやるといえば日本はそれに逆らえない」

つまり、現状では数億ドルの損害賠償を肩代わりしないかぎり東京は大会開催から逃げられないという。

なるほど開催都市契約を見てみると、IOCとJOCと東京都知事の署名がなされてはいるものの、IOCが大会を中止する条件は細かく規定がなされているにもかかわらず、開催国側については何も触れられていません。

このことは何を意味しているのか?

もしも日本側がキャンセルをすると損失補填の責任が生じるかもしれない、ということです。

むろん、日本側にも開催したい理由があります。

すでに大会準備にそれなりの金額を使ってきたわけですが、海外から観客が来られなくなったので巨額の経済損失が出るかもしれないという恐怖心が根底にあります。

その上、もしも大会を中止すればその損失はさらに大きい。

政府には、その損失の責任を問われたくないという思惑があるわけです。

これらがおカネの問題です。

そしてもう一つが、政治の問題です。

ご承知のとおり、今年の秋までに衆議院の解散・総選挙が行われる予定です。

菅総理は、五輪を中止しての選挙戦、もしくは五輪を開催しての選挙戦をそれぞれ想定したとき、五輪を開催したほうが選挙戦で支持率を伸ばせると見込んでいるようです。

加えて、次の冬季五輪が北京で開催されることも、日本として中止にできない政治的理由の一つかもしれません。

以上、カネと政治の面から五輪決行の理由をみてみましたが、もちろん「大会の中心にいるアスリートのために…」という理由もあろうかと思います。

もしも私が五輪に出場するアスリートであったなら、観客がいようがいまいが関係なく、ただただベストを尽くすのみです。

五輪が中止になれば、世界中の何千人もの選手の努力が無駄になってしまいます。

おそらくは「パンデミックの中でも五輪を開催すべきだ」と開催を支持されている多くの皆様がそうした思いをお持ちになっておられるのだと考えます。

なお、大会開催にあたっては様々な懸念材料がありますが、その一つにワクチンの接種率の問題があります。

例えば6月28日現在、日本をのぞくG7国でもっとも接種率の低いフランスでさえ既に77.67%に達していますが、我が国のそれは未だ33.08%にすぎず、日本国内の免役レベルは決して高いとはいえません。

それに変異株の猛威もあります。

政府も組織委員会も「コロナ対策は万全だ」と言うけれど、やはり中止できない理由の多くは、アスリートのためというよりもカネと政治に拠るところが大きいのだと推察せざるを得ません。

たしかにスポーツには人を感動させ、希望を与える力があります。

そのことがコロナ・パンデミックに立ち向かう一つの原動力になるのかもしれません。

IOCは、今後そのことを強く喧伝してくことになるのでしょう。

新型コロナウイルスのリスクと大会開催のメリットが天秤にかけられた東京五輪となります。