エネルギー安全保障と外交

エネルギー安全保障と外交

今月8日、岸田総理はG7オンライン首脳会議で、ロシア産原油の輸入を原則禁止にする方針を表明しました。

言わでもがな我が国は原油のほとんどを海外から輸入しておりますので、今年3月、米国と英国がいち早くロシア産原油の禁輸措置を打ち出して以降も、政府内には原油の輸入禁止には慎重な意見がでていました。

とはいえ、世界第3位の産油国であるロシアが原油の輸出で得る収入は軍事侵攻に必要な戦費を支えることになる、という批判もあります。

今月に入って、ロシア産原油に対する依存度が日本以上に大きいドイツが一足早く禁輸を決断したこともあり、日本としてもG7としての協調を優先する方向に舵を切ったわけです。

さて、ロシア産原油を禁輸したことによる影響はどうなるか。

我が国が輸入する原油のうち、ロシア産が占める割合は3.6%です。

また、長期契約ではなく、その時々の必要に応じて短期で取引する「スポット」と言われる契約が多いために調達先を変更しやすいこともあって「代替可能ではないか…」という見方が一般的です。

実際にエネオスホールディングスや出光興産は、ロシアによるウクライナ侵攻を受けてロシア産原油の調達を停止したままです。

政府は「日本が必要とする原油の調達に支障が生じないよう、ロシア産原油の輸入の削減や停止の時期などは今後の実態を踏まえて検討していく…」という見解を示していますが、国民生活や企業活動への影響を最小限にすることが求められます。

もともと日本にとってロシアからの原油調達は、1970年代に中東戦争がもたらした「オイルショック」を教訓として中東への依存を緩和する狙いがありました。

ロシア産を輸入しないのであれば、その分、北米からの調達を増やすなど、新たな多様化の対応が必要になります。

ただ、日本や欧米諸国がロシアから輸入していた原油は、これらの国々の全輸入量の1/6程度にのぼり、それだけの量を他の産油国から調達するとなれば原油価格のさらなる上昇を招くおそれもあります。

そうなれば日本でもただでさえ高騰しているガソリン価格の値上がりや、それに伴う輸送コストの上昇、さらに原油を原料に使った石油化学製品の製造コストが膨らむなど、国民生活や企業活動へのマイナス影響は計りしれない。

ゆえに、トリガー条項の凍結解除をはじめ、政府の果敢なる財政措置が必要になってくると思います。

もう一つのポイントは、次なる対露制裁の手段として天然ガスが対象となるかどうかです。

ロシア最大の政府系ガス会社であるガスプロムは、先月から今月にかけてポーランドとブルガリア向け、そしてドイツ向けの一部について天然ガスの供給を停止すると発表しました。

これを受けて欧州各国では「天然ガスについてもロシアへの依存度を減らすべきだ…」という議論が改めて広まっています。

欧州がロシア以外から天然ガスを調達しようとすると、日本も天然ガスの安定調達にむけ厳しい対応を迫られることになります。

ご承知のとおり我が国は、火力発電所の燃料や都市ガスなどに必要な天然ガスを輸入に頼っています。

ロシアからの調達は全体の8.8%を占めます。

天然ガスの問題は、生産余力のある中東の産油国が増産すればロシア分をカバーできる原油とは異なり、世界的にも生産余力がほとんどないことです。

天然ガスをめぐって萩生田経済産業相は「将来的に禁輸の対象にすることは否定できないが、かなり制度設計は難しい…」という見解を示しています。

G7のなかではドイツが日本以上にロシア産に依存するなど、禁輸措置に向けたハードルは原油に比べて高くなりそうですが、仮に日本がロシア産の輸入を止めたのなら、当座はスポットと言われる短気の契約により、即ち高騰している価格で天然がスを買わねばならず、調達コストが一段と割高になります。

さらに長期的には北米など他の天然ガスの産出国に輸出拡大を要請すると同時に、ガスを輸送しやすいように液化する施設の増設に投資や技術供与を申し出るなど、代替措置を講じて安定調達を図っていく必要があります。

また、日本がロシア産の天然ガスの輸入を止めることが、ロシアに対する制裁として果たして有効なものになるのかという指摘もでています。

日本は極東の資源開発プロジェクト『サハリン2』で採掘された天然ガスをLNG(液化天然ガス)に加工して輸入しています。

このサハリン産のガスの調達は長期契約に基づいて行われていますが、ロシア側との契約では、仮に日本がロシア産ガスの輸入を止めたとしても代金を支払い続けなければならない可能性もあります。

その場合、ロシアは販売しない天然ガスの代金を受け取れるうえ、日本に販売しなくて済んだ分の天然ガスを他の国に売り込むことで二重に収入を得ることができますので、制裁するはずが逆にロシアを利する結果になるかもしれないわけです。

またサハリン2をめぐっては、日本の大手商社である三井物産と三菱商事などがロシアのガスプロムなどと合同で出資して天然ガスの採掘などの権益を、サハリンのもう一つの資源開発プロジェクトであるサハリン1では伊藤忠商事や丸紅などがやはり出資して30%の権益を保持しています。

こうした権益について、ロシアとのビジネスを断ち切るために手放すべきだという声も上がっています。

実際にサハリン2に出資していた英国の大手石油会社Shellは、ロシアのウクライナ侵攻を受けて完全撤退を表明しています。

しかしながら、これらの権益を手放したところで、それを第三国が(例えば中国あたり)が買い取ればロシアには何の痛みはないでしょう。

つまり制裁の効果は期待できないということです。

それだけではなく、資源獲得の競争相手国である中国に“漁夫の利”を与えることになってしまいます。

我が国のエネルギー安全保障の観点からも、これらの権益は簡単には手放せないでしょう。

ただ、英国のShellがサハリンからの撤退を表明した後もロシア産の原油を買い続けていたことで、ウクライナのクレバ外相から「ロシアの原油に血の匂いがしないか…」と厳しく批判された事例があります。

今後、ロシア産資源に関係する企業が国際的に批判を浴びるリスクが高まることが予想されます。

権益も、エネルギー安全保障も、国内企業も、日本政府は全てを守らなければならない。