地政学の変化が経済財政に与える影響

地政学の変化が経済財政に与える影響

地政学(軍事)と経済は密接不可分の関係にあります。

例えば、20世紀初頭の2つの世界大戦を終えたことにより、国際的な経済システムは自由放任経済からケインズ主義(ブレトンウッズ体制)へと移行しました。

その後、約25年後に勃発したベトナム戦争と第四次中東戦争が引き金となってブレトンウッズ体制に終止符を打ち、その後の国際秩序は新自由主義(ネオリベラリズム)に基づくグローバリズムに染まっていきました。

そしてグローバリズムを主導してきた米国は、奇しくもそのグローバリズムによって覇権のパワーを失い、今まさに新自由主義に基づく国際経済システムに終止符を打とうとしています。

とりわけ、中国による軍事的台頭は、米国に新自由主義からの転換を強く促しています。

結果、属米国家の日本の総理に「小泉以来の新自由主義に終止符を打つ」と言わしめています。

さて、リビジョニスト国家の一角を為すロシアは、2014年にはクリミアを強奪、今年に入ってウクライナに侵攻しました。

これに対し集団安全保障を主導すべき米国は、既に軍事的に制裁を加える力を失っておりロシアを掣肘することができません。

このことは、NATO(北大西洋条約機構)を中心にEU各国の経済・軍事システムの変更を促すにちがいない。

ロシアのウクライナ侵攻からちょうど一ヶ月が経った3月24日、NATO、G7、EUの首脳会議がブリュッセルで行われました。

会議の目的は、むろんロシア対応です。

これだけの重要な会議が一日に行われたのは極めて異例のことです。

NATOは、ウクライナに追加の軍事支援を行うほか、ルーマニアやスロバキアなど東欧4ヶ国に多国籍軍部隊を配置することなど、防衛体制を強化する方針を確認しました。

G7は人道支援を強化しつつ追加制裁を打ち出し、EUはエネルギーのロシア依存からの脱却にむけて取り組むことなどで一致したようです。

例えばドイツはロシアのウクライナ侵攻後、調達先の多様化をすすめ、ロシア産の天然ガス(55%→40%)、石炭(50%→25%)、石油(35%→25%)のロシア依存度を引き下げています。

ドイツのハベック経済相は「2024年夏までにロシア依存をほぼ脱する」と宣言しています。(3月25日)

それ以外のEU諸国が、どこまでロシア依存度を下げられるかが今後の課題です。

なおドイツは軍事費(防衛費)を大幅に増やすことも既に内外に宣言しています。

侵攻寸前までロシアとの対話を強調していたショルツ首相は3月27日に連邦議会に立ち、プーチン大統領のことを「戦争屋、恥さらし…」とまでこきおろしたうえで、最新かつ先端の能力をもつドイツ連邦軍を目指し、いかなる前提もつけずNATOの防衛義務を守ると強調しています。

演説なかでショルツ首相は、今年の国防費に1,000億ユーロあまり(約13兆円)を追加し、毎年、GDP2%以上に国防費を引き上げることを表明しています。

今年の国防費はおよそ500億ユーロですので、その2倍の予算を追加することになります。

更にはウクライナへの武器の供与、次世代戦闘機などの開発、バルト諸国及び東欧の防衛に貢献することを打ち出しています。

ご承知のとおりドイツはナチス支配の反省から、戦後は軍事大国への道を閉ざし、米国のトランプ前大統領から防衛費の増額を再三要求されながらも突っぱねてきました。

さらに紛争地域に武器を輸出しない原則に基づいて、ウクライナには当初ヘルメット5000個の提供にとどめ批判を浴びました。

しかしロシア侵攻を受けて対戦車砲と携帯可能な地対空ミサイル「スティンガー」の供与に踏み切っています。

どこかの国みたいに、戦後は軍備の増強を控えてきたドイツが、いよいよ「普通の国」へと歴史的転換を果たすことになったわけです。

その背景にはドイツ国民の意識の変化もあるようです。

世論調査によると、ウクライナへの武器供与についての支持率は侵攻前は20%だったものの侵攻後は61%にまで増え、国防費の増額を支持する人も7割近くに達しています。

なお、徴兵制復活を支持すると答えた人が47%に及んでいるという。(ドイツが徴兵制を廃止したのは2011年)

冷戦終結後、ソビエト連邦が解体したことにより敵がいなくなったヨーロッパは、国防予算を削減したり徴兵制を廃止したりする国が相次いでいました。

ところが近年、テロが相次いだことや、ロシアの脅威の高まりをうけて、徴兵制の復活を求める世論が高まっているようです。

現に、2015年にはリトアニア、2019年にはスウェーデンで徴兵制が復活しています。

ロシアがクリミアを併合した2014年にはウクライナでも徴兵制が復活しています。

徴兵制復活を含め、ヨーロッパ各国が防衛費(対GDP比)を増額していくことになれば政府支出は拡大せざるを得ません。

つまり、これまでのような新自由主義に基づく「財政収支の縮小均衡政策」をとることは不可能になります。

このようにして、地政学の変化が経済財政政策に影響を与えています。