日本の医療は有事を想定せず

日本の医療は有事を想定せず

「医療機能を見直し、病床を減らしなさい……」

これは、コロナ禍で病床不足が深刻化する直前の2020年1月、厚生労働省から神奈川県を通じて川崎市立の公立病院に発せられた通達です。

さすがに今は、当該通告などなかったかのように厚労省は黙(だんま)りを決め込んでいます。

あまり知られていないことですが、病床の数というのはあらかじめ法律(医療法)によって決められています。

国は日本全国を341の医療圏(二次医療圏)に分け、医療圏ごとに病床数(基準病床)に制限を設けています。

本市もそうですが、なかには基準病床をオーバーしている医療圏があり、その場合、当該医療圏は過剰病床という扱いになります。

川崎市は、川崎北部医療圏と川崎南部医療圏の2つの医療圏を抱えていますが、どちらの医療圏とも500床ほどオーバーしている状態です。

ゆえに再びコロナの感染爆発が起きても、新たに病床を設けるのは困難です。

病床の数に制限が設けられているのは、病院同士が過当競争にならないように、という配慮からですが、もう一つの大きな理由は国(財務省)による緊縮財政があります。

厚労省が川崎市に通達した「病床を減らせ……」というのもまた、どうしても医療費を削減したいという財務省の強いご意向があってのことだと思われます。

病床数と医療費との間に相関関係が見られるのは事実ですが、それだけニーズがあるということです。

収支均衡至上主義に縛られている財務省は、「財政破綻したら医療どころではない」というスタンスを取り、政府として医療費を負担することに実に消極的なのです。

厚労省から「ムダだ!」と名指しされたのは川崎市にある市立井田病院です。

「近隣(車で20分程度の距離)の医療機関と医療機能が重複しているため、医療機能を見直し、病床数を減らしなさい」という旨の通達が出されたのです。

それを受け、川崎市は井田病院の医療機能を見直そうとしていたのですが、コロナ問題が発生したためにそのまま頓挫し、
結果的には病床を減らしませんでしたので、そのことが後に功を奏した格好です。

川崎市ではコロナ感染がもっともピークだった時期に、コロナ患者用の病床を477床確保しましたが、そのうち4割にあたる190床は川崎市の市立病院です。

これによりなんとか医療崩壊を防ぐことができました。

むろん厚労省から「ムダ」呼ばわりされた市立井田病院も、コロナ患者を積極的に受け入れています。

厚労省や財務省の言う「ムダ」が役に立ったわけです。

平時の余力こそが有事に物を言うということが再認識されました。(現実には平時にも足りていないのですが……)

もし財務省や厚労省が望むとおりに市立井田病院の病床が削減されていた場合、コロナ病床を公立病院だけで190床確保することはできず、コロナによる死者はあとを絶たなかったかもしれません。

われわれ川崎市民は緊縮財政によって殺されていたのかもしれないのです。

なによりも、国の医療政策がまったくもって有事の想定をしていないのは大問題です。