「苦難の行軍」が掲げられるほどの食糧事情

「苦難の行軍」が掲げられるほどの食糧事情

10年前の12月17日、北朝鮮の金正日総書記が死去した。

そのときから、事実上、今の金正恩体制がはじまったと言っていい。

当時まだ20代後半で、子供の頃にはスイスで暮らしたことのある経験もあることから、彼が北朝鮮をより開放的な体制に変化させるのではないかとの観測も当初はありましたが、実際は金正日体制の継続となりました。

2012年4月、金正恩氏が朝鮮労働党第一書記になった二日後には、北朝鮮はロケットによる人工衛星の打ち上げと称してのミサイル発射を強行しています。

これが米国本土までを射程におさめるICBM(大陸間弾道ミサイル)開発の号砲となりました。

金正恩体制になって複数の新型ミサイルが登場し、その射程距離は伸び続けてきました。

我が国は既に「ノドン」の段階で射程距離に入ってしまい脅威に晒されつづけているわけですが、特筆すべきは2017年11月に発射された「火星15」というICBMです。

これは、射程が1万キロを超えて米国の西海岸まで届くとされています。

米国本土まで到達するICBMを開発したことで、翌年の6月にはシンガポールでの米朝首脳会談をセッティングさせ、トランプ米大統領(当時)を交渉テーブルに引きずり出すことに成功しました。

この米朝首脳会談は史上はじめてのことで、つまり金正恩氏は親父(金正日)にはできなかった総書記としての偉業を成し遂げたわけです。

首脳会談で金正恩氏は、北朝鮮の体制が保証されることを条件に「完全なる非核化」を約束した。

しかしその後、米朝は具体的な非核化措置や制裁の解除などをめぐって折り合うことができなかったことから、金正恩氏は態度を硬化させ再びミサイルの種類を増やしています。

今年9月以降だけをみても、低空で飛行する長距離巡航ミサイル、潜水艦や鉄道からの発射、そして極超音速ミサイル等々、どれも事前の探知が困難な発射を見せつけています。

また、この10年間に実施された核実験は4回。

爆発の威力は拡大し続けています。

2013年2月 M4.9
2016年1月 M4.85
2016年9月 M5.1
2017年9月 M6.1

なお北朝鮮は核弾頭の小型化にも成功しているとみられ、核をミサイルに搭載できるようになったと主張しています。

ただし、核をちらつかせる、という軍事的かつ外交的な行為は、実はその国の通常兵力の弱さを自ら露呈していることになります。

普通に戦ったら米国には勝てないことを自ら主張しているようなものなのですが、米国に「体制保証」を確約させるまでは行い続けることでしょう。

とはいえ、その代償も大きい。

例えば、核・ミサイル開発で米国との緊張が急速に高まった2017年をはじめ、ここ数年は経済制裁の影響をもろに受けGDP(国内総生産)が大きく落ち込んでいるらしい。

新型コロナウイルス問題などもあって中国との貿易を遮断したことから、昨年(2020年)は4.0%以上もGDPがマイナス化しているのではないかとみられています。

そこで懸念されるのが食糧事情です。

ことし10月には国連の特別報告者が「北朝鮮で子供や高齢者が飢餓の恐れにされている」と表明しました。

これに北朝鮮は強く反発していますが、食料事情の厳しさは自分たちも認めているところです。

とくに、ことし4月、金正恩氏みずから「党の幹部らが苦難の行動を行うことを決心した」と述べたことが注目されています。

なぜなら「苦難の行軍」というのは、1990年代に北朝鮮を襲った深刻な食糧難の際に掲げられたスローガンだからです。

当時、餓死した人は数十万人とも数百万人とも言われています。

そのような忌まわしいスローガンを金正恩総書記が国民にも覚悟を迫るかのように口にしたことからも経済の厳しさが伺えます。

かつて韓国の政府系研究機関が、北朝鮮が「ムスダン」という種類の長距離弾道ミサイルを4発製造して発射する費用は北朝鮮ではトウモロコシに換算して29万トン、国民全体の食料50日分に相当するという試算を明らかにしたことがあります。

北朝鮮の体制崩壊は外的要因によりもたらされるのか、それとも食料難などに端を発する内的要因にもたらされるのか。

我が国としては安全保障体制を確立しつつ、一刻もはやく拉致問題を解決するために、外交力(交渉力)を高める基盤としての防衛力(軍事力)を整備してほしい。

そのため、少なくともGDP2%以上の防衛費を確保すべきです。

むろん、その財源は国債でいい。