デフレ脱却なくして賃金の上昇なし

デフレ脱却なくして賃金の上昇なし

きのう自民党と公明党の両党は、来年度(2022年度)の与党税制改正大綱を正式に決めました。

今回の大綱のポイントは、賃金の引き上げを目的としているところです。

もしも企業が賃金を引き上げた場合、それに応じてその企業への法人税を控除するらしい。

つまり、賃金の引き下げに応じて法人税の納税額を減らす割合を段階に増やすという。

例えば大企業・中堅企業については、基本給やボーナスなどを含めた賃金の総額が前の年度より3%以上増えた場合、賃金全体が増加した分の15%にあたる額を法人税から差し引くことになります。

あるいは4%以上増えていれば、控除する率を25%に拡大する。

そして賃上げ率が3%を超えた企業を対象に、従業員の教育訓練費を前年度より20%以上増やした場合には、控除率をさらに上乗せし最大で30%の法人税の控除が受けられるようにするという。

一方、中小企業は、賃金の総額が前年度より1.5%以上増えた場合、増加額の15%を法人税から差し引き、2.5%以上増えていればその率を30%まで拡大、さらに教育訓練費を前年度より10%以上増やした場合には控除率を10%上乗せして最大で40%とする。

政府与党が賃上げ税制を強化しようとした背景には、企業が稼いだ利益が従業員に還元されていないという課題があろうかと思われます。

企業が稼いだ後、手元に残しておく内部留保は9年連続で過去最高を更新している一方で、実質賃金は下降の一途を辿っています。

岸田総理としては税制改正を通じて賃金を引き上げ、個人消費を刺激し、企業利益を拡大させ、そのことがまた賃金を引き上げるという成長と分配のスパイラルを構築したいのでしょう。

残念ながら今回の税制改正により賃金が上昇するとは思えません。

企業は賃金の引き上げを行った場合、それにともなって社員の年金や健康保険のために支払う社会保険料の額も増えるなど将来にわたって人件費の負担が増していきますので、そう簡単に賃上げに踏み切るかどうか。

依然として企業側には「賃金は一度上げてしまうと下げにくい」という慎重論も根強い。

それに、経営環境の厳しい中小企業では60%超が赤字で、もともと法人税を納めていないため減税が効果を生まないという指摘もあります。

雇用の7割を占める中小企業に減税効果が期待できないのであれば、税制改正だけで賃金引き上げを実現するのは困難だと思います。

また、今回の税制改正では賃上げ増加分に一時金などのボーナスも加算できることになっているため、企業の中には一度上げたら下げにくくなる基本給ではなく、柔軟に増減できる一時金の引き上げで対応する企業が増えるのではないでしょうか。

だとすると、基本給が安定的に増えない以上、GDPの6割を占める個人消費を安定的に拡大することなど期待できず、成長と分配の好循環など生まれようもない。

賃金を引き上げるための要件は次の二つです。

1.一人あたりの生産性の向上
2.労働分配率の引き上げ

一人上がりの生産性を向上させるには、なによりもデフレ(総需要不足)経済からの脱却が必要です。

まずそのためには、「経済」とは何かを理解しなければならない。

私たち日本国民の多くは生産者として働き、モノやサービスという付加価値を「生産」しています。

生産されたモノやサービスに対し、顧客(家計、企業、政府、外国など)が消費もしくは投資として「支出(需要)」すると、生産者に「所得」が生まれます。

所得を稼いだ生産者は、今度は自らが顧客となり、別の誰かが生産したモノやサービスに支出します。

するとまた、別の誰かに所得が生まれるわけです。

所得を稼いだ別の誰かが………と、終わりのないかたちで繰り返されていく現象こそが経済です。

このとき、所得の総額(分配面のGDP)、支出の総額(支出面のGDP)、生産の総額(生産面のGDP)の3つは必ず一致します。

これを「GDP三面等価一致の原則」と呼びます。

経済成長とは、GDPを拡大させることです。

GDPを拡大(成長)させるためには、誰かが消費・投資という支出を増やさなければなりません。

日本の政府や国民がどれだけ貯蓄を積み上げ、借金を返済したとしても、GDPは1円も増えない。

なにしろ、貯蓄も借金返済も「支出」はないのでございます。

いつも言うように、支出が増えないデフレ経済下において、家計や企業に支出の拡大を期待するのは無理な話です。

賃金上昇を期待できない個人や家計が「消費」を拡大するわけもなく、といって需要の拡大を見込めない企業が設備投資や技術開発など「投資」を拡大するわけもない。

ゆえに、インフレ率という制約のみで通貨発行量を拡大できる政府こそが「消費」と「投資」を拡大していくほかないわけです。

政府支出の拡大によって不足する需要を穴埋めすることでデフレを脱却するこがとができれば、必ずGDPは成長していきます。

そのとき同時に、一人あたりの生産性も向上しています。

もう一つの条件である「労働分配率の引き上げ」に必要なのは、企業の四半期利益と株主利益を最大化させることを「善」とする株主資本主義を改めることです。

そのためには逆構造改革が必要となります。

さすがに岸田内閣も税制改正だけで賃金の引き上げを実現できるとは思っていないのでしょうが、成長と分配の好循環をつくるためには何よりもデフレ脱却が必要です。

そのためには、大規模かつ長期的な政府支出の拡大(PB黒字化目標の凍結・撤廃)を決断しなければならない。

デフレを脱却しないまま、税制改正だけで賃金を引き上げることなど絶対に不可能です。