なぜ日本の保守は「物語」に弱いのか

なぜ日本の保守は「物語」に弱いのか

なぜ日本の保守は「物語」に弱いのか。

国際政治をめぐる議論を見ていると、日本の保守言論には一つの特徴があります。

それは、出来事の背後にある力の配置や制度よりも、思想や文明、宗教といった「物語」で世界を理解しようとする傾向が強いことです。

例えば中東情勢をめぐる議論では、「宗教戦争」「文明の衝突」「聖書の預言」といった説明がしばしば語られます。

しかし国際政治を分析するうえで本来重要なのは、誰が何を信じているかではなく、どのような力の配置と制度が行動を制約しているかという点です。

では、なぜ日本の保守言論は、こうした物語的な説明に引き寄せられやすいのでしょうか。

その理由は、思想の問題というより、戦後日本の国家構造にあります。

第一に、戦後日本は安全保障を外部に委ねた国家であるという点です。

戦後、日本の安全保障体制は 日米安全保障条約を基軸に構築されてきました。

この体制のもとでは、日本自身が戦略の主体として軍事行動を決定する機会は極めて限られています。

自ら戦争や同盟の判断を行わない国家では、必然的に戦略思考が社会の中で育ちにくくなります。

その結果、国際政治は力の均衡や地政学ではなく、「価値」や「理念」といった枠組みで理解されやすくなります。

第二に、戦後日本は道徳国家として再設計されたという事情があります。

象徴的なのが日本国憲法(いわゆる占領憲法)です。

占領憲法は、国家権力と軍事力を強く抑制する理念を持っています。

そのため、日本では政治や外交の議論が、利益や力の問題としてではなく、善悪や正義の問題として語られる傾向が強まりました。

外交とは本来、国家の利益と力の関係を調整する営みですが、日本ではそれが倫理的な議論に置き換えられてしまうのです。

第三に、戦後保守の思想的基盤が反共主義であったことです。

冷戦期、日本の保守政治を担ってきた自由民主党は、世界を「自由陣営」と「共産陣営」という対立の構図で理解してきました。

この枠組みは、国際政治を力の均衡として捉えるというより、「自由対共産」という大きな歴史観として理解するものです。

その結果、世界政治はしばしば文明や思想の対立として語られるようになりました。

第四に、日本は長いあいだ大国政治の外側に置かれてきたという点です。

近代以降、欧州の大国は、戦争や同盟、勢力均衡の中で国家運営を行ってきました。

そうした国々では、外交とは力の均衡を管理する技術であるという認識が自然に形成されます。

しかし戦後日本は、こうした大国政治の最前線に立つことがありませんでした。

国際政治を当事者として経験していない社会では、力の計算よりも、出来事を説明する物語のほうが受け入れられやすくなります。

第五に、日本の教育環境では国際政治の現実主義的な理論が広く共有されているとは言い難いという事情があります。

例えば ジョン・ミアシャイマーが提示した「攻撃的リアリズム」は、国際政治を国家間の力の競争として分析する理論ですが、日本の一般的な言論空間では必ずしも広く知られているとは言えません。

このように見てくると、日本の保守言論が宗教や文明、思想といった説明に引き寄せられやすいのは、知性の問題ではなく、むしろ、日本という国家の制度と歴史が生み出した構造の結果と言えます。

安全保障を外部に依存し、政治を倫理の言葉で語り、冷戦の思想的枠組みの中で形成され、大国政治の経験を持たない国家。

こうした条件が重なると、世界政治は力の均衡ではなく、出来事を説明する物語として理解されやすくなるのでしょう。

我が国は、いまなお敗戦国なのです。