トランプ米大統領がグリーンランド領有に言及していることについて、テレビの情報番組で、あるコメンテーターが、次のように批判していました。
「今どきモンロー主義を持ち出すのは時代錯誤だ。モンロー主義が世界大戦をもたらした歴史をトランプ大統領は知らないのか」
一見すると、もっともらしい批判に聞こえます。
しかし、この発言は国際政治を人物論と道徳論で誤読した典型例だと言わざるを得ません。
そもそも、今回のグリーンランド問題は、トランプという人物の資質や思想から生じたものではありません。
国際政治を構造的に見れば、結論はまったく異なります。
まず確認すべきは、今回の問題の原因をトランプ個人に帰すること自体が、分析として誤っている、という点です。
米国がグリーンランドを戦略的に重視してきたのは、トランプ政権以前から一貫しています。
冷戦期にはすでに同地に米軍基地が置かれ、ミサイル早期警戒や北極圏監視の最前線として機能してきました。
仮に、トランプではなく、より「穏健」と評される大統領であったとしても、中国やロシアが北極圏への進出を強める現在の国際環境において、米国がグリーンランドの戦略的地位に神経を尖らせない、という選択肢は存在しません。
これは、指導者の性格や好戦性の問題ではなく、大国である以上、そう行動せざるを得ない構造的制約なのです。
次に、「モンロー主義は時代遅れだ」という批判についてです。
モンロー主義とは、端的に言えば「自国の勢力圏に他の大国を入れない」という原則です。
この原則が「19世紀の遺物」であるかのように語られることがありますが、国際政治の現実はまったく逆です。
無政府状態――すなわち、世界政府が存在しないという構造は、19世紀も21世紀も何一つ変わっていません。
だからこそ大国は、自国の周辺に敵対的勢力が入り込むことを恐れ、それを未然に防ぐために勢力圏を確保しようとします。
米国が西半球で地域覇権を確立してきたこと、中国が東アジアで影響圏を拡大しようとしていること、ロシアが周辺地域を死活的利益圏とみなすこと――これらはすべて、同じ原理の表れです。
モンロー主義は「古い思想」なのではなく、大国政治に内在する論理を、早い段階で言語化したものに過ぎません。
そして最も重要なのが、戦争を生むのは覇権の存在ではなく、「覇権を否定できる」という幻想だという点です。
ここで言う「幻想」とは、国際政治が理念や善意によって制御可能である、という期待のことです。
国際政治学者のジョン・ミアシャイマーは、「地域覇権国だけが安全である」と繰り返し指摘しています。
第一次・第二次世界大戦が起きた欧州の悲劇は、モンロー主義のせいでも、勢力圏の存在のせいでもありません。
真の原因は、同一の地域に複数の大国が介入し、互いの勢力圏を否定し合ったことにありました。
「どの国も、どの地域にも自由に関与できる」「勢力圏など時代遅れだ」こうした美しい理念は、一見すると平和的ですが、現実には大国同士を正面衝突させる危険な幻想です。
覇権を否定し、勢力圏を曖昧にすればするほど、衝突の可能性はむしろ高まります。
トランプ大統領の言動は、確かに粗野で、表現として洗練されているとは言えません。
しかし、だからといって、そこに現れている戦略的必然まで否定してしまえば、国際政治の現実を見誤ります。
問題の本質は、「トランプが無知かどうか」ではありません。
米国が地域覇権国である限り、そう行動せざるを得ない構造に置かれている――この一点に尽きます。
モンロー主義が問われているのではありません。
問われているのは、私たちが、国際政治を願望ではなく構造的現実として理解できているのか、という姿勢そのものです。


