2025年の土木関係のニュースのなかで、最も衝撃的だった出来事として記憶されるのは、1月に発生した八潮市の道路陥没事故です。
走行中のトラックが突然生じた陥没穴に転落し、懸命な救助活動が続けられたものの、最終的に運転手の命は救われませんでした。
陥没穴が次第に崩れ落ち、深く拡大していく様子は、まさに社会の足元が崩れていく光景そのものであり、多くの人に強い衝撃を与えました。
この事故は、地震や豪雨といった自然災害によるものではありません。
原因は、地中に敷設された流域下水道管の老朽化でした。
建設当初は475ミリあったコンクリート管の厚みが、下水中で発生する硫化水素による長年の腐食によって、100ミリ程度にまで減少していました。
損傷した箇所から土砂が長期間にわたって管内へ流入し、路面下に大きな空洞が形成され、その結果として道路が陥没したのです。
これは突発的な事故ではなく、構造的に予見可能であり、防ぐことができた事故でした。
下水道に限らず、橋梁やトンネルなど、日本のインフラの多くは高度経済成長期に集中的に整備されました。
そして現在、それらが一斉に寿命を迎えつつあります。
老朽インフラの補修や更新を怠れば、事故が各地で頻発する事態に陥ることは、以前から繰り返し指摘されてきました。
日本のインフラ危機は、決して新しい問題ではありません。
この問題を象徴する出来事として、2012年に発生した中央自動車道・笹子トンネルの天井板崩落事故があります。
9人もの尊い命が失われたこの事故は、単なる「老朽化事故」として片付けられるべきものではありません。
その背景には、小泉構造改革以降に進められてきた緊縮財政とネオリベラリズムに基づく民営化改革がありました。
かつて高速道路のトンネルでは、天井板を直接叩き、音の違いによって内部の異常を確認する「打音検査」が行われていました。
しかし、道路公団の民営化に伴い、コスト削減や効率化を名目に、こうした手間と人員を要する検査は縮小され、より簡便な「目視点検」へと置き換えられていきました。
安全確認の水準が引き下げられるなかで、その制度変更が行き着いた先として発生したのが、笹子トンネル事故だったのです。
これは、緊縮と効率化を最優先した結果、安全という公共的価値が後景に追いやられた典型例でした。
事故を受け、国土交通省は有識者会議を設置し、2014年に道路老朽化対策について「最後の警告」と位置づける提言をまとめました。
同年には、橋やトンネルなどを対象に、5年に1度の近接目視による定期点検を義務付ける制度も導入されています。
しかし、この対応は、緊縮のもとで簡略化されてきた点検体制を、事故後になって立て直す「後追いの是正」に過ぎなかったとも言えます。
10年以上前の時点で「最後の」と言わざるを得ないほど、インフラ老朽化は切迫した問題だったのです。
それでも、八潮の陥没事故は防げませんでした。
2025年に入り、国は再び有識者会議を設置し、3月、5月、12月と相次いで提言を公表し、インフラ維持管理の在り方について「戦略的転換」を訴えています。
結果として、2014年の「最後の警告」は、最後にはならなかったのです。
ここで改めて問うべきなのは、技術や現場対応の問題ではありません。
なぜ危機が明確に認識されていながら、補修や更新が後回しにされ続けてきたのか。
その背景にあるのが、長年にわたって日本社会を覆ってきた緊縮財政とネオリベラリズムの思想です。
公共投資は「コスト」と見なされ、インフラ整備は「将来世代へのツケ」と語られ、維持管理は「効率化」「選択と集中」の名のもとで削減されてきました。
しかし、インフラは市場原理に委ねられる商品ではありません。
需要が減ったから縮小できるものでも、壊れてから代替すればよいものでもない。
インフラとは、人々の生活や経済活動が成立するための前提条件そのものです。
緊縮的な財政思想のもとでは、老朽化という目に見えにくい問題や、事故が起きるまで顕在化しないリスク、選挙で評価されにくい維持管理分野が、必然的に後回しにされます。
その帰結として現れるのが、ある日突然発生し、取り返しのつかない被害をもたらす事故です。
八潮の陥没事故は、特定の自治体の失策ではありません。
笹子トンネル事故と同じく、緊縮財政とネオリベラリズムに基づく制度運営が、別のインフラ分野で再現された結果と捉えるべきでしょう。
インフラを守るために本当に必要なのは、点検マニュアルの微調整や新技術の導入だけではありません。
「公共投資は未来への負債ではなく、未来への責任である」という発想への転換こそが求められています。
壊れてから直す社会であり続けるのか、それとも壊れる前に守る社会へと舵を切るのか。
八潮の事故は、私たちにその選択を突きつけています。
これ以上、「最後の警告」が更新され続ける社会であってはならない。


