保育士不足が深刻化するなか、国は「地域限定保育士」という資格制度を創設し、今年、一般制度として全国で運用可能な仕組みへと拡大しました。
人材確保のための柔軟な制度改革として説明されていますが、その制度設計を丁寧に読み解くと、そこには国の明確な意図と、同時に見過ごされがちな構造的問題が浮かび上がってきます。
まず、国が地域限定保育士を制度化した最大の理由は、保育現場の人手不足を「できるだけ財政支出を伴わずに解消したい」という点にあると考えられます。
都市部を中心に保育士が不足している根本原因は、低賃金、長時間労働、高い精神的負荷といった処遇の問題にあります。
本来であれば、こうした課題に正面から手を付けるには、国の財政支出が不可欠です。
しかし国は、処遇改善や配置基準の抜本的見直しではなく、資格制度を緩和することで人材供給を増やすという道を選びました。
つまり、財政を動かす代わりに制度を動かすという、新自由主義的な政策判断であったと言えます。
地域限定保育士制度は、こうした国の意図を極めて端的に体現しています。
学歴要件や試験内容を一部緩和し、一定期間の実務経験を積めば全国共通の保育士資格へ移行できる仕組みとすることで、参入障壁を下げています。
狙いは明確で、正規の保育士資格を取得するには至らなかった人や、途中で断念していた人にも現場に入ってもらい、とにかく数を確保することにあります。
しかし、この制度設計は、いくつもの構造的問題を内包しています。
最大の問題は、処遇改善を伴わないまま供給だけを増やそうとしている点です。
人が集まらない原因が待遇にあるにもかかわらず、その原因を放置したまま資格のハードルだけを下げれば、保育の質の確保はより困難になります。
経験の浅い人材が短期間で現場に流入すれば、現場の負担はむしろ増え、結果として既存の保育士の離職を促す可能性すらあります。
これは人材不足を解消するどころか、悪循環を強める危険性をはらんでいます。
また、地域限定という仕組みそのものが、地域間の人材格差を固定化する構造を生みます。
地域に縛られた資格であるがゆえに、条件の良い都市部へ人材が集中し、地方や条件の厳しい地域ほど人材確保が難しくなる可能性があります。
さらに、一定期間勤務すれば全国資格に移行できるという設計は、地域への定着を促すどころか、「全国資格取得までの通過点」として地域限定保育士を位置付ける動機を生みます。
結果として、自治体がせっかく確保した人材が、数年後には流出するという不安定な人材供給構造になりかねません。
加えて、資格が多層化することで、自治体の監査や指導の負担も増大します。
地域限定保育士と全国資格保育士が混在する現場では、配置基準や指導内容の確認が複雑化します。
特に政令指定都市にとっては、制度運用そのものが新たな行政負担となります。
国は制度を設けますが、その運用責任と負荷は地方自治体に委ねられているのが実情です。
こうして見ていくと、地域限定保育士制度は、財政支出を抑制したいという国の思想が、制度設計を通じて、現場に構造的制約として降りてきている典型例だと言えます。
人材不足という問題の本質は処遇にあるにもかかわらず、その核心には触れず、制度の追加で対処しようとした結果、保育の質の低下や地域格差の拡大、自治体の運用負担といった新たな問題を生み出しかねません。
保育は、子どもたちの命と成長を預かる極めて公共性の高い分野です。
だからこそ、資格制度をいじることで帳尻を合わせるのではなく、働く人が安心して続けられる環境を整えることが本来の政策の出発点であるはずです。
地域限定保育士制度は、その本質的課題から目を逸らしたまま導入された制度であり、今後、その構造的問題がより顕在化していく可能性は否定できません。


