見えない地盤、見えない責任――川崎市が学ぶべき教訓

見えない地盤、見えない責任――川崎市が学ぶべき教訓

今年2月、札幌市清田区の道道で発生した陥没事故は、地表の下で進む「見えない老朽化」がもたらした典型的な事例でした。

事故現場の直下では、幅2メートル、長さ11メートルに及ぶ空洞が確認され、1年前に行われた水道管工事が地盤の緩みを生んだ可能性が指摘されています。

同市の有識者委員会は10月に最終報告をまとめましたが、原因の特定には至りませんでした。

行政としての“原因究明力”の限界が浮き彫りになったわけですが、同時にこの出来事は、単なる技術上の問題にとどまりません。

むしろ、地方自治体がどこまで「地下のインフラ状態」を把握し、責任をもって管理しているのか――その行政の根幹を問う警鐘であると考えます。

道路、上下水道、ガス、通信ケーブルなど、都市の地下には多層的なインフラが縦横に走っています。

しかし、これらの施設を統合的に把握している自治体は、全国的にもごくわずかです。

多くの場合、道路の管理部局と水道・下水道の管理部局が分断されており、地中構造の“全体像”を誰も把握していないのが実情です。

この構造的欠陥こそが、清田区のような陥没事故を「予測不能」にしてしまう根本要因であると拝察します。

たとえ原因が水道工事であったとしても、工事の履歴情報、地盤調査データ、交通荷重の変化などが横断的に共有されていなければ、異常の兆候をつかむことは不可能です。

事故が起きるたびに、責任の所在が問われます。

施工業者か、発注者か、それとも管理者か。

しかし本来問われるべきは、「誰が地中の状態を継続的に把握しているのか」という点です。

現在の多くの自治体では、工事完了後の埋戻し地盤や地下管路の健全性を継続的に把握するモニタリング体制が存在しません。

点検の対象はもっぱら地表(舗装や側溝)にとどまり、地下構造の異変は“事故が起きて初めて気づく”という後追い型となっています。

つまり、自治体がインフラを「管理」しているのではなく、「事故を確認」しているだけという構図になっています。

この構造的問題を放置すれば、同様の事故は全国どの都市でも、いつでも起こりうるでしょう。

とりわけ川崎市のように、産業集積が進み、上下水道・電力・通信などのネットワークが密集している都市では、地下インフラの相互干渉や老朽化リスクは一層高まります。

したがって、川崎市としては次の①②③を柱にした制度設計が不可欠です。

①地下インフラ統合台帳の整備
 ― 各局・各事業者が保有する図面・施工履歴・地盤データをGIS上で統合し、時系列で更新できる仕組みを構築する。
 (国交省が推進する「i-Construction」「インフラDX」と連動可能)

②空洞化リスクの定期点検体制
 ― 地中レーダー・ひずみセンサー・AI画像解析を活用し、過去に工事履歴のある路線や交通荷重の大きい路線を重点的に点検する。

③責任分担の明文化と情報公開
 ― 道路・上下水道・民間事業者間での管理責任を明文化し、工事後の埋戻し品質・再沈下対策の検査結果を市民にも公開する。

これらを制度化することで、陥没事故の再発を防ぐだけでなく、「地下を可視化する自治体」へと転換できるはずです。

地中インフラの老朽化は、地震や豪雨災害とも密接に関わります。

見えないリスクを放置すれば、突発的な陥没やライフライン断絶が発生し、結果的に復旧費用は膨大になります。

一方、平時からの地盤モニタリングや統合管理の整備は、災害リスクの「先払い投資」です。

財政的な観点から見ても、これは単なる支出ではなく、将来の損失回避のための積極財政的インフラ投資と位置づけるべきです。

公共インフラの維持管理を「費用」とみなすのか、それとも「国民生活を守る投資」と捉えるのか――その認識の差こそが、自治体の危機管理力を決定づけます。

詰まるところ、清田区の陥没事故が示したのは、「見えないものに対する行政の責任」です。

国民の安全を守るために、地上だけでなく、地下の公共空間にも政治の目を向ける必要があります。

自治体のインフラ管理とは、単なる技術や維持の問題ではなく、公的責任の履行そのものなのです。

川崎市がこの教訓を自らの政策体系に反映させ、「地下も含めて安全を設計する都市」へと進化できるかどうか――その歩みこそ、地方自治の成熟度を映すリトマス試験紙となります。