元米財務副長官のウォーリー・アデエモと元米大統領特別補佐官(経済政策担当)のジョシュア・P・ゾファーが、米国の外交誌『フォーリン・アフェアーズ』で、トランプ的反グローバリズムを制度化した「覇権的ケインズ主義」を提案しています。
彼らの論文「世界貿易の真の再編を――公正貿易同盟の形成を」は、トランプ政権以降に顕在化した世界経済の分断を、米国主導の新秩序として再構築しようとする試みです。
アデエモとゾファーは、第二次世界大戦後に三度訪れた「世界経済の再編」を俯瞰しています。
第一はブレトンウッズ体制の形成、第二はニクソン・ショックによるドルと金の兌換停止、そして第三が、いま進行中の「トランプ以降の経済秩序再編」だと位置づけています。
彼らによれば、これまで米国はそのいずれの局面でも国際経済の舵を握り、自国の利益に適う制度設計を行ってきましたが、その過程で単独主義を強め、同盟国の信頼を損ねてきたといいます。
そして、彼らの提案の肝は、トランプ大統領のように「関税で脅す」やり方ではなく、米国を中心に「公正な貿易ルール」を共有する国々が結集した“自由貿易同盟”をつくることにあります。
この「公正貿易同盟」には、労働・環境・法治・市場規律などの高い基準を満たす国だけが参加できる一方、中国のように補助金や過剰生産で世界市場を歪める国には、関税などの制裁を科す仕組みとなっています。
要するに、米国が中心となって「公正」の名のもとに世界市場を再編しようとする構想であり、ドル体制を温存したまま覇権を制度化しようとする新たなケインズ主義的発想といえます。
しかし、この構想には致命的な限界があります。
アデエモとゾファーは「不公正な貿易慣行」こそが世界経済の歪みの原因だとしますが、実際の問題は、ドルが基軸通貨であるがゆえにアメリカが経常赤字を抱えざるを得ないという、通貨・貿易・財政の構造的不均衡そのものにあります。
この点で、彼らの主張はあくまで制度論にとどまり、構造論に踏み込んでいません。
評論家の中野剛志氏が指摘するように、トランプ関税の真の狙いは単なる貿易戦争ではなく、ドル高構造を是正するための「通貨戦争」にあります。
トランプ政権のブレーンであるスティーブン・ミラン氏が論じたように、ドル高が続く限り、米国の産業は空洞化し、赤字は拡大します。
この「グローバル・インバランス(世界的不均衡)」を是正しない限り、どれほどルールを整備しても、米国は赤字を、他国は黒字を抱え続ける構造から逃れられないでしょう。
言い換えれば、アデエモとゾファーが提案する「公正貿易同盟」とは、ドル覇権を維持したまま秩序を再編しようとするブレトンウッズの再演にほかならず、それは覇権の延命であって、構造的な不均衡の是正とは言い難い。
いま世界が必要としているのは「内需主導」への転換であり、輸出偏重、賃金抑制、そして財政健全化という複合的な呪縛を解かなければなりません。
グローバリゼーションの幻想が崩れた今こそ、各国は経常収支の均衡を図り、自国の労働者と消費者の所得を拡大する方向へ舵を切るべきです。
アデエモ=ゾファー論文は、米国のエリート層がいまだに抱える「世界を設計できる」というリベラリズム的幻想の延長線上にあります。
ドルの特権を維持したまま「公正」を説くのは、制度の上書きに過ぎません。
真の意味での「世界経済の再編」とは、ドル体制の見直しと、各国が内需を基盤とする経済構造への転換によってのみ実現されるのではないでしょうか。


