積算力なき行政――PFI・PPPが示す日本の構造的脆弱

積算力なき行政――PFI・PPPが示す日本の構造的脆弱

防衛省が導入した「見積もり活用方式」は、入札不調を防ぐために、複数業者の見積をもとに予定価格を算出する例外的な積算手法です。

しかし、その実態は、行政自らが「どの程度の価格が妥当か」を判断できず、民間業者の言い値に近い形で積算価格を設定していたというものでした。

一方、川崎市が進める等々力緑地再編整備事業でも、似たような構造的問題が浮かび上がっています。

市は、スタジアムやアリーナの建設・運営を担う特別目的会社(SPC)「川崎とどろきパーク(KTP)」と、PFI・PPP方式による長期契約を締結しました。

ところが、その後、事業費が当初想定の約633億円から、最大で約1232億円へと倍増する見通しが示されました。

防衛省のケースでは「見積もりの妥当性を確認できなかった」。

川崎市のケースでは「民間提案を精査できなかった」。

いずれも、行政が価格形成のメカニズムを理解し、積算根拠を自ら検証する力を失っていた点で共通しています。

PFI・PPP事業は、民間の創意工夫と効率性を取り込むための制度という建前になっています。

しかし、行政が技術的・財務的な査定能力を持たないままこの制度を運用すれば、民間側が示す「想定コスト」を精査できず、結果として行政は“値踏み”ができない立場に立たされます。

その結果、物価高騰や資材高を理由に民間側から増額要請が出ても、行政はそれを拒む根拠を持てません。

こうして「契約は継続しつつも、事業費は精査」といった曖昧な処理に終始し、最終的には市民負担だけが膨らんでいくのです。

防衛省の「見積もり活用方式」と川崎市の「等々力再編整備」は、一見、まったく異なるスキームのように見えますが、その根底にあるのは同じ構造です。

積算力の喪失 → 民間依存の固定化 → コスト統制不能

行政が自らの技術力を失えば、公共事業の主体性も失われます。

「公共を担う力を取り戻す」とは、単に予算を増やすことではなく、行政が自ら設計し、積算し、判断できる力を再建することにほかなりません。

そこで私は、公共を再生するために、以下の三つの提言を示したい。

① 技術系職員の復権と育成
行政が積算力を取り戻すためには、まず技術系職員の再配置と育成が不可欠です。民間委託ではなく、行政内部に「積算の文化」を再構築しなければなりません。公共工事の現場を知り、コスト構造を理解する人材こそが、健全な財政運営の礎です。

② PFI・PPP契約の透明化と再設計
民間提案型の事業を進める場合でも、行政が対等な立場でコスト査定を行える仕組みを整える必要があります。リスク分担や増額要請のルールを契約段階で明示し、後出し的な「物価上昇分の転嫁」を防止することが求められます。そのためには、契約の審査・監査に専門的知見を持つ第三者機関の関与も検討すべきです。

③ 官製積算基準の再整備
国・自治体が独自に積算できる力を回復するためには、既存の官製積算基準を現実に即した形で更新することが必要です。人件費・資材費・エネルギーコストを反映した実勢型の基準を整備し、「実勢価格に追随する積算」から「行政が主導する積算」への転換を図るべきです。

公共事業とは、国民の財産を将来へとつなぐ責務そのものです。

その公共の現場を守るには、「財政を締めること」ではなく、「行政を鍛えること」こそが、真の改革です。

積算力の回復は、単なる技術論ではありません。

国家が再び、自らの手で未来を築く力を取り戻すための第一歩なのです。