政府の財政力とは、国民が税金を支払う力ではない

政府の財政力とは、国民が税金を支払う力ではない

高い電気代やガス代に泣かされている昨今ですが、昨年(2023年)から続けてきた電気・都市ガス料金の負担軽減策は終わり、7月請求分から軽減支援がなくなります。

因みに、6月からは更に森林環境税が住民税に上乗せされて徴収されるなど、実質賃金が25カ月連続で下がり続けるなか国民負担は益々もって増えるばかりです。

増税メガネと揶揄されて久しい岸田総理ですが、この期に及んで政権関係者が姑息な手を使っていました。

電気ガス料金の支援終了を控えた5月下旬、政権関係者が電力やガスの小売業者たちに対し「7月から料金が上がるとは書くな…」と念押ししていたのです。

念押しは実って、各社がリリースした『7月請求分の料金に関する発表資料』にはその種の文言が一切記載されませんでした。

そのためなのか、私のまわりでは6月から電気代やガス代が値上がりすることを知らない人が多くおられます。

実に姑息です。

どうせバレるのに。

もしかすると6月解散の可能性があったので、岸田政権としてはどうしても6月から電気代とガス代が上がることを伏せておきたかったのか。

もはや岸田内閣への不信感と絶望感は、そんな誤魔化しで収まるレベルではないでしょうに。

デフレが脱却されるまで、あるいはコストプッシュ・インフレが沈静化するまで、さらには実質賃金が上昇するまでは、政府は新規国債を発行してでも、国民負担を軽減する策を施さなければならない。

このように言うと、岸田総理のみならず、メディアや国民の多くもまた「政府が国債を発行すると、やがては増税という国民負担となって跳ね返ってくる…」と思い込んでいるから厄介です。

とはいえ、このブログの最大のテーマでもありますが、資本主義における近代的な政府は資金的な制約からは開放されるのが現実です。

事実、国債の償還財源は、国債(借換債)によって賄われています。

即ち、国民から徴収した税金によって国債を返済しているわけではありません。

言い換えれば、日本政府の財政力(貨幣を発行する力)とは、日本国民が税金を支払う力に裏付けられているわけではないということです。

もしも政府の国債発行(財政支出の拡大)を制約するものがあるとすれば、それは唯一、モノやサービスを生産するのに必要な実物資源(人材、資源、技術)の賦存量だけです。

では、現在の我が国の実物資源の賦存量は枯渇しているのでしょうか。

とんでもない。

生産年齢人口比率の低下により人手不足に陥ってはいますが、モノやサービスをつくる力は、なかなかデフレ(需要不足=供給過多)経済を払拭できないほどに充分なのです。

ゆえに今は、デフレを脱却し実質賃金が上昇するまでの間、新たな国債発行(通貨発行)によって国民負担を軽減する以外はないのでございます。