「反共プラス親米」保守では日本を守れない

「反共プラス親米」保守では日本を守れない

我が国には、「保守」を自認する国政政党が二つあります。

一つは、自由民主党。

もう一つは、日本維新の会。

自民党は平成22年の綱領で「我が党は常に進歩を目指す保守政党である」としており、一方の日本維新の会の綱領には「保守」の文字はないものの、馬場代表は公の場で「現状を維持していく保守と、改革を進めていく保守、こういう二大政党にしていくというのが我々の目標です」と発言しておられますので、日本維新の会は党として保守政党を自認しているものとみていい。

といって、自民党と日本維新の会の両党ともに、残念ながら「保守とは何か…」を具体的に定義をしてくれていません。

※保守の定義 = 令和6年3月13日のブログ『多数意思を「総意」とするのは全体主義』を参照のこと

意外に思われるかもしれませんが、戦前の日本には、自ら「保守」を名乗る勢力は存在しませんでした。

なぜなら、明治政府がいわば革命政権だったからで、その革命を「維新」と呼称したことも保守という自己規定の成立を困難にしたようです。

ゆえに、現代政治のなかで「維新」を訴える日本維新の会が、それと同時に「保守」をも名乗ることの不自然さや違和感がよくお解り頂けるものと思います。

さて、前述のとおり、戦前には「保守 VS 革新」の対立はなく、大日本帝国体制が敵によって倒された戦後になって「保守」勢力が生まれたわけですが、では、どのように生まれたのか…

戦後の日本は、ご承知のとおりマッカーサー体制(親米体制)としてスタートしました。

その体制を維持するうえで最も脅威だったものが、日本の共産化です。

朝鮮戦争が勃発し、気づいてみたら朝鮮半島の南部を除き、大陸のほとんどが赤化してしまったわけですが、「このまま日本を貧しいままにしておくと、いつ日本が共産化するかわからない…」と懸念したマッカーサーは、日本を経済的に豊かにしつつ、共産化の防波堤にする必要があったのです。

戦後の保守勢力が、「反共プラス親米」になったのはそのためです。

要するに、反共プラス親米であれば、とりあえず「保守」ということになってしまったわけです。

結果、どんなに米国様に搾取されても、どんなにグローバリズムやネオリベラリズム、あるいは近代合理主義に社会を汚染されても、なんの抵抗力もない保守になってしまいました。

グローバリズムもネオリベラリズムも、本来の「保守思想」とは真っ向から対立する概念であるはずです。

その意味で、とくに深刻なのは地方行政です。

地方行政では、国境否定のグローバリズム、格差拡大のネオリベラリズムに基づく施策が無抵抗に進められています。

川崎市においてもしかりで、例えば世界では公共サービスの再公営化が潮流になっているにもかかわらず、未だネオリベラリズムに基づく「指定管理者制度」や「PFI事業」を拡大しています。

また、世界ではグローバリズムの見直しがはかられているにもかかわらず、川崎市では国境否定のグローバリズムに基づき、なんと「外国人地方参政権の実現」にむけた取り組みまでもが進んでいます。

しかし残念ながら、これらに抵抗する議員は極めて少ない。

川崎市議会には、保守政党を自認している政党(自民党、日本維新の会)に所属する議員が22人います。

議員定数は60ですから、3分の1以上が保守勢力ということになるのですが、歴史ある日本社会を保守するためのストッパー機能を果たしているとは言い難い。