使える兵器と使えぬ兵器

使える兵器と使えぬ兵器

米国はイランのイスラム革命防衛隊がシリアで使用していた施設に対して空爆を行い、また、紅海で相次いでいる商船襲撃の報復として、フーシ派(イエメンの親イラン武装組織)の関連施設に対しても英軍とともに空爆を行った模様です。

ガザ地区においても住民の犠牲者が増え続けているようで、中東情勢の緊張は高まるばかりです。

ロシア・ウクライナ戦争もまた、ひきつづき出口の見えない状況が続きそうです。

それにつけても現代の戦争は、「通常兵器」という実の兵器により、目的・地域・時間・手段・規模を限定した「制限戦争」となっています。

むろん、各地域での紛争は絶えませんが、大国間が入り乱れた第三次世界大戦までには至っていません。

全面戦争・総力戦による国家間決戦を封じ込めている最大の理由は、皮肉にも核兵器という非通常兵器が世界秩序の維持に大きく寄与しているからです。

マッカーサーが核の使用を検討した朝鮮戦争のみならず、米ソ間が核戦争の瀬戸際まで追い込まれたキューバ危機のときも、現在進行形で行われている露宇戦争で核の使用をちらつかせたプーチン大統領においても、いずれの場合も政治がその使用を許しませんでした。

結果、核兵器は広島、長崎に投下された後、一度も戦争で使用されたことはありません。

これこそが「核の抑止力」であり、核兵器の存在意義なのかもしれません。

とはいえ、「いやいや、核兵器は廃絶されるべきだ…」と主張する人も少なからずおられることでしょう。

しかしながら、もしも本気で「核の廃絶」を訴えるのであれば、核廃絶後における国家間決戦を封じ込める代替物は何なのか、という現実的な問に対して具体的に答えるべきです。

一方、「日本は今すぐにでも核武装すべきだ…」と主張する人たちもおられますが、それはそれで日本が核保有国に至るまでの道筋を、核の拡散リスクを含めて具体的に示すべきです。

現職の総理大臣が靖國神社を参拝することさえ、政治問題化を恐れて憚られているのが現在の我が国の実状です。

このような状況下では、総理が核の保有を宣言した途端に国内外からの批判が殺到し、その政治圧力と混迷に耐えきれずに内閣は瞬時にして崩壊してしまうことでしょう。

百歩譲って、仮に日本が核保有に成功した場合、それはそれで核の拡散リスクが高まります。

核が拡散すれば、当然のことながら「核の抑止力効果」は薄れます。

すなわち、核保有国が増えれば増えるほどに核を使用するハードルは低くなりますので、国家間決戦を封じ込めてきた「核の効用」は弱められ、世界秩序・世界平和は脆弱になります。

ゆえに、核武装論者もまた、相互確証破壊の代替物は何なのか、という現実的な問に対して具体的に答えるべきでしょう。

我が国の平和と安全を確保したいのであれば、使える兵器(通常兵器)と、それを運用できるソフトウェアを同時に充実させることです。

これを私は「基盤的防衛力の強化」と呼んでいます。