大衆が反逆

大衆が反逆

ナチスによる迫害から逃れることのできたハンナ・アレントは、後に次のように述べています。

「大衆は目に見える世界の現実を信ぜず、自分たちのコントロールの可能な経験を頼りとせず、自分の五感を信用していない。それ故に彼らには或る種の想像力が発達していて、いかにも宇宙的な意味と首尾一貫性を持つように見えるものならなんにでも動かされる。事実というものは大衆を説得する力を失ってしまったから、偽りの事実ですら彼らには何の印象も与えない」

世の人の多くは「全体主義は独裁者によってつくられる」と誤解していますが、実はそうではありません。

全体主義は、大衆によってつくられます。

大衆とは、オルテガの言葉を借りれば「主体性を喪失し、冷静な選択を拒絶した人たち」のことです。

だから大衆は、常に世論に流され易く、多数派に与して少数派にマウントをとりたがり、事の真偽に関わらず状況を安易に説明してくれるご都合主義なリーダーを求めます。

どんなに嘘つきなリーダーでも、大衆にとっては厳しい現実から目を逸らせてくれる便利な存在なのでしょう。

先日も大阪維新の会を支持されている人とお話をする機会があったのですが、その人によると「維新に任せた結果、大阪の治安は良くなった」「大阪の街がきれいになった」「うん、維新はがんばっている」とのことでした。

本当にそうでしょうか。

例えば、2020年の刑法犯検挙率も、同年の刑法犯罪遭遇率も大阪がもっとも酷くなっているし、生活度ランキングも幸福度ランキングも大阪は下から数えたほうが早い。

かと思えば、まったく維新の業績ではないものまで、いかにも維新の功績であるかのように喧伝されていると聞く。

一方、成果がでていないものについては役人のせいにするというのが、どうやら維新流らしい。

なるほどそういえば、2018年春の全国学力テストの結果、大阪市が小・中学校ともに二年連続で政令指定都市の中で最下位になったときがありましたが、当時の大阪市長(吉村洋文)は「学力テストの結果を校長や教員の人事評価と賞与に反映させるべきだ…」と言って、現場の教員たちに責任を転嫁していましたね。

また、吉村さんは「イソジンがコロナに効く」と言っていましたが、そのような大それた嘘を事実確認をしないままに平気で公共の電波で発言してしまうところが実に恐ろしい。

ヒトラーは「大衆は小さな嘘より大きな嘘の犠牲になりやすい」と言い、ゲッペルス(ナチス宣伝相)は「嘘も100回言えば真実になる」と言っていました。

だったら吉村さんも「イソジンがコロナに効く…」と100回言えばよかったのに、そこまでの根性はなかったらしい。

それにつけても維新の嘘つきぶりは目に余る。

例の大阪都構想もそうです。

住民投票では「(これが可決されれば)大阪府が大阪都になる」と誤解して投票された人たちが多かったようですが、事実は異なります。

例え可決されていても「大阪都」にはならなかったのです。

しかも維新は「住民投票は一回しかやらない」と公言していたのに、否決されると悪びれることもなく二回やった。

そもそも「大阪市を解体し、一般の市町村並みに自治権を格下げすること」(大阪都構想)で大阪が良くなるとは思えない。

また、先の参議院選挙でも「維新は改革保守だ」と言っていましたが、「改革保守」という言葉自体が概念矛盾ではないのか。

その「改革」が本当に正しいのかどうか、常に疑いをもつことこそが「保守」であろうに。

過激ネオリベ政党である維新が「保守」を名乗ること自体に、我が国の政治の歪(いびつ)さを痛感します。

そんな維新ですが、今回の参議院選挙・神奈川選挙区では60万票も獲っています。

不安に支配された大衆は、事実を見たくないのでしょう。