処理水の安全性

処理水の安全性

福島第一原発の敷地内で保管している処理水が、今秋には貯蔵スペースの限界に達しようとしています。

以前より日本政府は、国内外の有識者から「処理水をどうするのか決定すべきだ」という勧告を受けていました。

そしてちょうど一年前の4月、日本政府は「トリチウム濃度を基準値の40分の1以下になるように希釈してから少量ずつ太平洋に放出する」という計画を発表するに至りました。

そこで、この計画に対する賛否両論の議論が巻き起こったわけです。

例えば賛成派の立場からは、世界の他の原子力発電所でも同程度の濃度のトリチウムを含む水を海に放出していることや、海に放出することが最も現実的な手段だとする発言などがありました。

一方、反対派の立場からは、処理水の中にはトリチウムだけでなく他の放射性元素も含まれているという指摘や、風評被害により福島県の漁業への悪影響を懸念する声などが上がっています。

さて、実際にトリチウムを含む福島第一原発の処理水を海に放出すると何が起こるのでしょうか。

ぜひ科学的な見地から考えてみたいと思います。

事故が発生した2011年3月11日以来、福島第一原発では融解した炉心を冷却するために毎日、水が投入されています。

加えて雨や地下水など、崩壊した原発内には大量の水が浸入し続けています。

浸入した水は今なお強烈な放射線を放つ炉心付近で停滞すると考えられています。

そもそも原発は、ウラン等の重い元素が他の軽い元素に変化する際の莫大なエネルギーを利用して発電しています。

ところが、崩壊してしまった福島第一原発内の炉心は反応が制御されていないために、多種多様の元素が生み出されています。

その元素の一部が浸入した水に溶けだしているわけですが、さらに厄介なことに、新しく生まれた元素も放射線を発生しながら別の元素に変化することもあるため、炉心に触れた水も強烈な放射線を放つようになります。

当然のことながら、強い放射線を放つ水をそのまま外部に流出させるわけにはいきません。

ゆえに福島第一原発では、多核種除去設備(ALPS)によって放射線を放つ物質を低減しているわけです。

しかし残念ながら、この処理では取り除くことができない原子が存在します。

それがトリチウム(三重水素)です。

ここからは理科の授業みたいになりますが、ご承知のとおり元素は陽子と中性子で構成された原子核と、その周りに存在している電子によって構成されています。

原子の種類を決めるのは陽子の数ですが、それに伴い安定に存在できる中性子の数の範囲が決まります。

そして陽子の数が同じで、中性子の数が異なる原子のことを同位体と呼びます。

いわゆる放射性同位体と呼ばれる原子は中性子の数がその範囲から外れています。

例えば水素原子の場合、水素は陽子の数は一つで、中性子の数がゼロです。

それに対し、地球の海に水というかたちで含まれる水素原子のうちおよそ6420個に一つは、中性子を一つ持った「重水素」と呼ばれる原子です。

重水素は安定ですが、中性子を2つ持った三重水素になると不安定となり、やがてβ線という放射線を放出してヘリウム原子に変化してしまいます。

この陽子1個と中性子2個をもった水素原子の同位体のことを「トリチウム」といいます。

福島第一原発の処理水のなかでは、トリチウムは酸素と結合して水となっています。

原子の科学的性質は、放射性であろうがなかろうが、主に陽子の数によって決定されます。

言い換えれば、どの同位体、即ち水素でも重水素でも三重水素(トリチウム)でも、科学的性質はほとんど変わらないので、トリチウムを含んだ水と含まない水を分離するのはほぼ不可能です。

他の種類の放射線元素はALPSで取り除くことはできても、トリチウムだけ取り除けないのはそのためです。

ゆえに、このトリチウムを含んだ処理水をどうするかが決まるまでは敷地内のタンクに貯蔵されているわけです。

その貯蔵量が、2021年4月時点で12万トンであり、このままのペースで貯まっていくと、今年の秋ごろには貯蔵スペースの限界である137万トンに到達してしまうと予想されています。

なので昨年4月、日本政府は、トリチウムの濃度を基準値の40分の1以下になるように希釈して少量ずつ太平洋に放出していくと発表するに至ったのでございます。

では、処理水の中に含まれるトリチウムの総量はどのくらいなのでしょうか。

推定では、総量で860兆ベクレル相当とされています。

ベクレルとは、放射性元素の原子核が代わる回数を表しており、860兆ベクレルということは、1秒間に860兆回分元素が変化する反応が起きていることを意味しています。

このように聞くと、一見ものすごい量のように感じますが、例えば人間の体内でも放射性の物質であるカリウム40が一人あたり約17mg存在しており、その分だけでも4400ベクレルに相当します。

因みに福島第一原発の処理水放出に異を唱えている中国は、2002年に大亜湾原発で総量43兆ベクレルの処理水を海洋に放出していることを付しておきます。

さて、濃度に関して言えば、我が国の排水の国内規制は1リットルあたり6万ベクレルです。

それに対し福島第一原発の処理水については、1リットルあたり1500ベクレル以下を目標とするように運用するとしています。

なるほど、冒頭で紹介した政府計画で言うところの「40分の1以下」とはこのことですね。

放射能が関わる以上、当然のことながらリスクはゼロではありませんが、量についても濃度に関しても科学的な問題は無さそうです。

少なくとも「福島産の魚介類などを食べても人間への影響はほぼない」というのが科学者たちの共通認識となっているようです。

それよりも「世界中の大型魚類に蓄積されている水銀のほうがはるかに危険だ」と指摘する識者もいます。

既に科学的な検証が成されているのであれば、あとは政治家たちの説得力にかかっているのだと思います。