ドル覇権のゆくえ

ドル覇権のゆくえ

ウクライナ危機は主としてロシア対欧米の対立ですが、その脇には中国というもう一つのプレイヤーが存在しています。

ロシアも中国も共に、地政学上、ユーラシアの内陸部に巨大な領土を抱えている権威主義国家です。

こうした国は、民主的海洋国家群による封じ込め戦略(ロシアや中国を内陸部に封じ込めようとする軍事的圧力)に極めて敏感です。

ゆえに北京政府としても、NATOの東方拡大を進めようとする欧米諸国のやりように対し反発しているわけです。

とはいえ侵攻したロシア軍の進軍の遅さをみて、北京政府(習主席)は焦りを感じているのではないでしょうか。

ロシアのウクライナ侵攻がはじまる直前、習近平国家主席は「モスクワとのパートナーシップに制約はない」と表明していましたが、このとき習主席はロシアによる侵攻を事前に知ったうえで発言したのか、それとも知らなかったうえで発言したのかが実に興味深いところです。

おそらく知らなかった可能性が高い。

「ロシアがウクライナに侵攻することはない…」と高をくくった上で、いかに口先の支援を提供したところで、実質的なリスクを背負い込むことはないだろう、と考えていた可能性が大です。

北京政府は昨年3月、新疆ウイグル自治区での人権侵害に対するEUの制裁措置に対抗して報復策をとりましたが、それによって長年にわたり切望してきたヨーロッパとの投資協定を棒に振った苦い経験があります。

ゆえに侵攻を前にした「ロシアへの支援に制約はない」発言は、秋の党大会で総書記として3期目を狙う習主席としてはそれに次ぐ外交的失言だったかもしれない。

さて、一蓮托生となりつつあるロシアと中国は、今後は自国経済を脱ドル化する試みを加速させるのでしょうか。

ご承知のとおり、国際金融システムにおける米ドルの優位性は、米国の圧倒的な軍事力と経済力による覇権パワーによって支えられてきました。

米ドルは世界で最も広く保有されている準備通貨であり、国際貿易はドル建てで決済され、世界の金融機関における主要な取引通貨です。

世界の株式市場、開発金融、原材料市場、商品市場、銀行預金、グローバル企業の借り入れは悉く米ドルです。

だからこそ、自然災害、紛争、疫病パンデミック、食料不足、恐慌等々の危機に直面すると、世界の人々は安全通貨の第一の選択肢として米ドルを選ぶわけです。

そのため、米国による経済制裁は、制裁を受ける国家の金融力を実質的に粉砕し、その活動の原資となる資金をグローバル市場で調達できなくします。

しかしながら、イラク戦争とリーマンショック(新自由主義の限界)によって、米国の覇権パワーは一気に低下。

このまま米国が覇権パワーを失いつづければ、ドルの覇権パワーも揺らいでいきます。

だとすると今後は、米国の主導する国際秩序の改変を目論む主要なリビジョニスト国家である中国やロシアは、外貨準備を多様化させ、自国通貨(元やルーブル)建てでの国際取引を奨励していくことになるのではないでしょうか。

現に、ウクライナ侵攻に伴う経済制裁により国際決済システムから弾き出されたロシアは、EUに供給しているロシア産エネルギーについてルーブル建てでの決済を求めています。

のみならず、既にロシアはVISAやマスターカードなどの決済プラットフォームに代わる独自の決済システムのほか、ロシア版SWIFTをも立ち上げています。

ウクライナ危機がいかなる形で終息しようとも、国際通貨としての米ドルの地位を脅かす代替的な金融制度や構造を構築しようとする試みは継続されるものと思われます。

地政学、及び戦争や戦争形態の変化は、必ず経済システムや経済政策に何らかの影響を与えます。