占領下に強奪された竹島

占領下に強奪された竹島

我が国固有の領土である竹島(島根県)を、韓国が不法占拠し続けて今年で69年になります。

その竹島周辺で先週、韓国軍による定例訓練が行われていたことが判りました。

これに対する我が国の対応は、外務省が「竹島は明らかに日本固有の領土であることに鑑み、到底受け入れることはできない」と抗議しただけです。

以下、竹島について歴然たる事実のみを記します。

江戸時代初期の1618年、鳥取藩の大谷・村川両家が幕府から鬱陵島を拝領し漁業を営んでいました。

鬱陵島とは、竹島の約92キロメートルほど西方(朝鮮半島寄り)にある島です。

つまり竹島は鬱陵島への寄港地だったのです。

その後、日朝間で鬱陵島の漁業権をめぐり紛争が生じ、交渉の結果、1696年に幕府は鬱陵島への渡航を禁止し、竹島への渡航は禁止しないこととしました。

時代は下り、既に徳川幕府から明治政府へと変わっていた1905年1月28日、島根県の上申に基づき政府は本島を「竹島」と命名し、島根県所管とすることを閣議決定しました。

これに基づき島根県は同年2月22日に告示を発し、対内的には所属未定地を島根県の管轄に編入し、対外的には近代法の無主地先占(所有者のいない土地を人より先に占有すること)による領有権を宣言しました。

因みに、2月22日が「竹島の日」であるのは、このためです。

なおこの時点において、日本と朝鮮半島の間に領有権をめぐる問題はありませんでした。

ところが、我が国が米国の占領下にあった1952年1月8日、韓国は突如として一方的に「李承晩ライン」を引き、竹島は韓国領である、と主張しはじめました。

韓国の意図は明らかです。

前年の9月8日に、既にサンフランシスコ講和条約が調印されており、翌年4月28日には条約が発効され日本の主権が回復されることになっていました。

その条約案においても、しっかりと「竹島を日本領として認める」ことになっていました。

ゆえに韓国は、条約が発効する(日本が主権を存する)直前に竹島を強引に掠め取ったのです。

むろん、条約発効前で主権の存しない日本には軍隊を動かして自衛権を発動することはできませんでした。

翌年(1953年)の2月には李承晩ライン内に出漁した日本漁船が韓国に拿捕されており、以来、200隻以上、3000名以上の日本人漁民が拿捕され、未だ韓国による竹島の不法占拠が続いています。

韓国は、日本が提案する「竹島」の帰属に関する国際司法裁判所への付託を拒否しています。

自分たちに分が悪いことを知っているからです。

何度でも言います。

竹島は日本国固有の領土です。

もはや抗議するだけでは返ってこない。