2026年1月、下請代金支払遅延等防止法を大幅に改正した「中小受託取引適正化法(取適法)」が施行されました。
この法律では、従来の「下請け」という用語が廃止され、「中小受託事業者」という表現に改められました。
また、受託事業者が価格交渉を求めた場合、委託側が交渉に応じないまま一方的に代金を決定することが違法となるなど、価格決定のプロセスにも新しいルールが導入されています。
一見すると、取引の公正化に向けた重要な制度改正のようにも見えます。
しかし、冷静に考えると、この法律が解決しようとしているのは、あくまで取引手続きの問題に過ぎません。
建設産業が直面している本当の課題は、そこにはない可能性が高い。
実際、建築設計事務所や建設コンサルタント会社では、図面作成や設計業務を担う外注事業者を「同業他社と取り合う状況」が生まれているといいます。
つまり現在の建設産業では、仕事を出す側の企業が強すぎるというよりも、仕事を受ける側の人材そのものが不足している状況が広がっているのです。
建設産業というと、多くの人は現場の技能者不足を思い浮かべます。
もちろんそれも深刻な問題です。
しかし、もう一つ忘れてはならない部分があります。
それが、設計・調査・コンサルティングを担う技術者です。
道路や橋、上下水道、公共施設などの社会基盤は、設計図がなければ建設することができません。
つまり建設産業は、
設計→施工
という順序で成り立っています。
この最初の段階を担う人材が不足すれば、施工能力がどれだけあっても工事は進みません。
設計事務所や建設コンサルタントでは、技術者の高齢化が進み、若い人材の確保が難しくなっています。
仕事量は多いにもかかわらず、人材が増えない。
その結果、業界全体で外注先の奪い合いが起きているわけです。
今回の取適法は、価格交渉のルールを整えることで、こうした受託側の立場を強める方向に作用するでしょう。
しかし、それによって設計人材が増えるわけではありません。
むしろ今後、起きる可能性があるのは次のような変化です。
外注費の上昇
↓
設計業務のコスト増
↓
企業の利益圧迫
↓
設計業務の受注調整
つまり、取引ルールが整備されても、人材が不足しているという現実は変わらないのです。
もし設計人材の減少が続けば、影響は企業経営だけにとどまりません。
道路や橋梁、上下水道などの社会基盤は、定期的な更新や修繕が必要です。
しかし設計業務を担う人材が足りなくなれば、計画そのものが進まなくなる可能性があります。
つまり建設産業の問題は、単なる価格の問題ではなく、「社会基盤を設計する人材をどう確保するのか」という問題に変わりつつあります。
今回の取適法は、取引のあり方に一定のルールを設けるものではあります。
しかしそれは、産業の本当の課題を解決するものではありません。
むしろ、この法律の施行によって、これまで見えにくかった現実が浮かび上がってくるかもしれません。
それは建設産業の問題が、おカネの問題ではなく、人材(供給能力)の問題にあるという現実です。
もしそうであるならば、これから問われるべきは、単なる取引ルールではなく、この国の社会基盤を支える技術者を、どう育て、どう確保していくのかという視点ではないでしょうか。
取適法の施行は、その問いを私たちに改めて突きつけているのかもしれません。


