政府は3月13日、健康保険法などの改正案を閣議決定しました。
改正案には、市販薬と効能が類似する医療用医薬品、いわゆるOTC類似薬について、患者に追加負担を求める仕組みが盛り込まれています。
対象は77成分、約1100品目に及び、薬剤費の4分の1を徴収する方向とされています。
政府はその理由として、現役世代の保険料負担の軽減や、市販薬を購入している人との公平性を挙げています。
しかし、この問題の本質はそこにはありません。
今回の制度改正を読み解くうえで重要なのは、医療制度そのものではなく、それを動かしている政策思想です。
1961年に制度として完成した我が国の国民皆保険制度は、必要な医療に誰もがアクセスできる環境を社会全体で支えることにより、疾病の重症化を防ぎ、国民の健康を維持することを目的として構築されたものです。
医療制度とは、単なる医療費の給付制度ではありません。
軽症段階から医療につながることで疾病の重症化を防ぎ、結果として社会全体の医療コストとリスクを抑える、いわば予防型の社会基盤です。
言い換えれば、医療制度とは「早期アクセスによって社会全体の損失を防ぐ制度」と言うことができるはずです。
ところが現在、日本の政策議論では、医療はまず「社会保障費」として扱われます。
そしてその増加は「財政負担」として問題視され、制度改革は多くの場合、給付範囲の縮小や患者負担の引き上げという方向へと進みます。
つまり、政策議論の出発点は医療制度そのものではなく、財政です。
より正確に言えば、「医療制度をどうするか」ではなく、「医療費をどう抑えるか」という発想が政策の前提になっているのです。
今回のOTC類似薬の追加負担は、この発想を非常に分かりやすく示しています。
対象となる薬剤には、解熱鎮痛薬、アレルギー薬、胃腸薬、便秘薬、保湿剤など、日常的に広く使用される医薬品が含まれています。
これらはまさに、軽症段階の治療や症状管理のために用いられる薬です。
もしここで患者負担が引き上げられれば、受診抑制や自己判断による服薬が増える可能性があります。
その結果、症状の悪化や疾病の重症化を招き、かえって医療需要が増大するという学説もあります。
つまりこの制度変更は、短期的には給付削減のように見えても、長期的には医療制度が本来持っている予防機能を弱める可能性を含んでいます。
医療費は「社会保障費」として扱われつつ、その増加は「財政負担」として議論されてきました。
この発想のもとでは、医療制度の持続可能性とは、給付を削減することによって確保されるものだと考えられがちです。
しかし、本来の医療制度の構造から見れば、この考え方は必ずしも正しいとは言えません。
医療制度の持続性とは、給付を削ることによって達成されるものではなく、制度が本来持っている予防機能や早期治療の仕組みを維持することによってこそ確保されるものだからです。
医療制度とは、重症化してから対応する制度ではなく、軽症の段階で医療につながることによって社会全体のリスクを抑える制度であるはずです。
OTC類似薬の追加負担は、一見すると小さな制度改正に見えるかもしれません。
しかし実際には、医療制度を社会基盤として設計するのか、それとも財政支出として調整する対象とみなすのかという、政策思想の問題を映し出しています。
問われているのは、薬剤費の問題ではありません。
医療制度を「社会基盤」として守るのか、それとも「財政支出」として削減対象とみなすのかという、日本の医療政策の思想そのものです。


