学校給食無償化は福祉か、それとも義務教育か

学校給食無償化は福祉か、それとも義務教育か

学校給食費の無償化は、福祉政策なのでしょうか。

それとも義務教育制度の問題なのでしょうか。

本日(3月12日)、川崎市議会文教委員会において、学校給食費の無償化を求める陳情(陳情第144号)が審査されました。

私は、学校給食費の無償化そのものについては賛成の立場で考えておりますが、本日の審査では「継続審査」とする判断をいたしました。

この点について、「なぜ無償化に賛成なのに継続審査なのか」と疑問に思われた方もおられるかもしれません。

私が「継続審査」とした理由は、結論から言うと、福祉政策として給食費の無料化を求める限り、所得制限や部分補助といった議論にとどまりやすく、制度としての無償化にはつながりにくいからです。

少し説明が必要になります。

現在の学校給食制度には、制度の位置づけと費用の考え方が一致していないという特徴があります。

学校給食は学校給食法により、学校教育の一環として実施されるものとされています。

つまり制度上は教育活動の一部です。

しかし一方で、費用の考え方は、福祉を起源とする歴史的経緯から「食材料費は保護者負担」とされており、生活費として家庭が負担するという思想が残っています。

その結果、現在の学校給食制度は、教育制度として位置づけられながら、費用の考え方は生活費のまま残っており、いわば二つの思想が併存する制度となっています。

無償化を求める議論では、どうしても福祉的側面が強調されがちなのは、そのためかもしれません。

今回の陳情文でも、給食費の値上げによる保護者負担の増加への懸念が大前提として示され、その理由付けとして学校給食が「食教育」であることが挙げられていました。

こうした問題意識自体は理解できますし、学校給食には福祉的な側面もあるという点については私も理解できるところです。

しかし、学校給食費の無償化を本格的に議論するのであれば、まず整理すべき根本的な論点があります。

それは、「義務教育において、どこまでを公費で負担すべき教育費と考えるのか」という問題です。

日本国憲法は、義務教育について「これを無償とする」と定めていますが、現実の制度では、教材費や給食費など家庭が負担している費用も少なくありません。

すなわち、学校給食費の無償化を議論するということは、単に家計負担の軽減という問題にとどまらず、義務教育制度の中でどこまでを社会全体で支えるのかという制度論に関わる問題でもあります。

よって、学校給食費の無償化を福祉政策としてのみ議論するのではなく、義務教育制度の中でどう位置づけるのかという観点から、もう少し議論を深める必要があります。

なによりも、福祉論だけで給食無償化を主張すると、政治的にも制度的にも実現は難しくなります。

その理由の一つは、福祉政策の基本構造が「貧困対策」「必要な人への支援」であるからです。

すると政策の帰結は次のようになりがちです。

・低所得のみ無償

・所得制限

・一部補助

また、福祉政策として無償化を求めると、「財源は?」「優先順位は?」「本当に必要か?」といった財政論に議論が飲み込まれ、結果として補助、期間限定、物価対策といった政策になりやすい傾向があります。

つまり、給食費を「福祉」「生活支援」として議論してしまうと、それは選別支援になりやすいということです。

一方で、給食費を「義務教育」として議論するのであれば、それは普遍制度として整理されることになります。

要するに私は、無償化に反対だから継続審査にしたのではありません。

むしろ、学校給食費の無償化という重要なテーマだからこそ、その制度的な位置づけを整理したうえで議論することが必要であると考え、今回は継続審査とする判断をいたしました。

学校給食は、子どもたちの成長を支える大切な教育活動です。

その費用を誰がどのように負担するのかについて、制度として筋の通った整理を行う必要があります。

今後もこの問題については、義務教育制度のあり方という観点から、引き続き議論を深めていきたいと考えています。