米軍とイスラエル軍によるイラン攻撃は、多くの物語を生み出しています。
「宗教戦争だ」という声もあれば、「選挙目当ての戦争だ」という見方もあります。
しかし、国際政治を理解するうえで重要なのは、出来事を取り巻く感情や説明の言葉ではなく、その背後で動いている力の配置と均衡の変化を見極めることです。
国際社会は無政府状態です。
最終的な安全保障の担保は自国の力しかありません。
他国の意図は完全には分かりません。
だからこそ国家は、自らの安全を最大化しようとします。
そして安全の最大化は、しばしば相対的優位の拡大として現れます。
国家は機会があれば、その優位をさらに拡大しようとします。
これが国際政治の冷厳な原理です。
今回の局面で起きたことは何でしょうか。
2025年6月の戦闘以降、イランの防空能力は低下し、代理勢力は弱体化し、国内では反体制運動が広がり、最高指導者は高齢化していました。
抑止均衡は明らかに不安定化していました。
抑止が崩れれば、力の空白が生まれます。
その空白を埋めるために、優位に立つ側が動きます。
それは、宗教の衝突でも、選挙の戦略でもありません。
抑止均衡が崩れた結果、弱体化した敵に対してパワーバランスの再編を試みる行動が発動されたのです。
たしかに、宗教は動員の言語になります。
選挙も決断を加速させる要因になり得ます。
しかし、それらは主因とは言えません。
主因は、あくまでも力の分布と均衡の変化です。
イランの弱体化という状況変化が生まれ、相対的優位を拡大できる機会が出現しました。
その機会に対して、国家が合理的に反応しました。
それが今回の開戦の本質です。
もちろん、こうした行動が安定をもたらすとは限りません。
体制転換は不確実性を伴い、地域全体を不安定化させる可能性があります。
しかし少なくとも今回の開戦は、宗教でも選挙でもなく、抑止均衡の崩れに対するパワー再編行動として理解するのが最も整合的でしょう。


