令和7年8月18日、大阪・道頓堀で発生した火災により、消火活動に当たっていた消防隊員二名が亡くなりました。
ことし1月に公表された事故調査報告書によれば、建物の特殊な造りや開口部の弱点、想定しにくい延焼の進み方などが原因として挙げられています。
事実関係としては妥当な整理だと思いますが、それだけでこの事故を理解したことになるのか、私は疑問を感じます。
この出来事を丁寧に見ていくと、ある共通した流れが浮かび上がります。
それは、危険そのものが制度の内側で処理されず、最終的に現場が引き受ける形になっていた、という点です。
言い換えれば、事前に引き受けられなかったリスクが、結果として消防隊員の命という形で清算されてしまったのではないか、という問いです。
問題の建物は築年数が古く、現在の基準から見れば不十分な点を多く抱えていました。
室内階段が複数存在し、間取りは複雑で、開口部には後付けの設備も設置されていました。
ただし、それら一つひとつは、必ずしも直ちに違法と断じられるものではありません。
法令上は「許容されている」範囲に収まっていたとも言えます。
しかし、それらが重なり合った結果、火が通り抜けやすい経路が生まれ、内部の状況把握を極めて困難にしました。
個々の要素は点検されてきましたが、それらが組み合わさったときに生じる危険までは十分に扱われてきたとは言えません。
行政の説明は、「違反ではない」「法令には適合している」という枠にとどまります。
消防は、その前提のもとで建物内部に進入し、消火活動を行う以外の選択肢を持ちにくい立場に置かれていました。
たしかに、現場に判断が求められること自体は避けられません。
しかし、命を賭ける判断まで現場に委ねるべきではありません。
ここで重要なのは、誰かが明確な過失を犯したわけではないという点です。
それでもなお、取り返しのつかない結果が生じました。
この事実は、個人の判断を超えた問題を示しています。
このような事態は、日本にとって決して初めてのものではありません。
戦時中の日本陸海軍も、似た意思決定のかたちの中にありました。
補給や戦力差といった現実的な危険を、制度として正面から引き受けることができず、「現場の努力」や「精神力」によって補おうとしました。
その結果、引き受けられなかった危険が、兵士の命によって支払われることになりました。
注意すべきなのは、これが当時の指導部にとって非合理な判断だったとは限らない点です。
制度を改めるには時間も費用もかかり、摩擦も生じます。
それよりも、現場に任せるほうが、当時の判断としては効率的に見えた。
しかし、その選択は、必ず後になって大きな代償を伴います。
短期的な合理性が、長期的な破綻を内包していたのです。
今回の消防事故も、分野は異なりますが、「最終的な負担を現場が背負う」という点では共通しています。
政治や行政の役割は、事故の後で頭を下げることや、献身を称えることではありません。
人の覚悟に依存するのではなく、制度や設計、技術の側で処理する。
そのための負担を、行政として引き受ける決断をすることです。
今回の事故は、過去を裁くための材料ではありません。
私たちがどのような判断の積み重ねの上に、今の社会が成り立っているのかを、静かに問い返しています。


