日本の財政政策を語る際、しばしば「誰が間違えたのか」「どの政権が悪かったのか」という議論に陥りがちです。
しかし、より本質的に問うべきなのは、何が正しいと信じられ、それがどのように制度化され、その結果どのような判断制約が生まれたのか、という点ではないでしょうか。
その象徴が、1997年に制定された財政構造改革法です。
財政構造改革法は、「財政の健全化なくして持続的成長なし」という思想のもと、国の歳出構造を抜本的に改めることを目的として制定されました。
そこでは、赤字国債の抑制、公共投資の削減、社会保障費の伸びの抑制などが数値目標とともに掲げられました。
バブル崩壊後の財政収支の悪化、国際金融不安、そして「日本もいずれ破綻するのではないか」という不安が煽られる中で、緊縮財政(財政収支の縮小均衡)は責任ある選択だと広く信じられていました。
問題は、その「正しさ」と信じられたものが、法律という制度にまで高められた点にあります。
実は、財政構造改革法そのものは、その後の景気悪化を受けて凍結され、形式的には失効状態となりました。
しかし、問題は法律の存廃ではありません。
この法律が前提とした思想は、「骨太の方針」「プライマリーバランス(PB)黒字化目標」「概算要求基準」「予算査定の評価軸」といった形で制度の内部に転写され、実務を縛るルールとして生き残り続けました。
結果として、日本の予算編成は「何を削ったか」「どれだけ抑制したか」が評価される構造となり、増やす判断そのものが困難になりました。
この構造がもたらしたのは、単なる歳出削減ではありません。
より深刻なのは、長期的・継続的な投資判断ができなくなったことです。
防衛分野では、装備更新や生産基盤の維持が後回しにされました。
科学技術分野では、研究開発費が伸び悩み、国際競争力が低下しました。
公共投資やインフラ更新では、「先送り」が常態化しました。
地方財政では、余力を失った自治体が人件費削減と非正規化、直営事業の指定管理事業者化に追い込まれました。
いずれも共通しているのは、その時点では合理的に見える判断が、時間の経過とともに供給能力そのものを削っていったという点です。
これは誰かの失策というより、制度が誘導した行動の帰結です。
近年、財政出動が行われる際、その多くが補正予算に依存しています。
しかし、補正予算は継続を前提としないため、企業や現場は安心して投資や人材育成を行えません。
本来、供給能力を高めるには、通常予算で複数年にわたる見通しを持ち、継続的に資金が投入される必要があります。
ところが、PB目標という制度的縛りが残る限り、通常予算ではそれができず、結果として「単発の補正」が繰り返される。
これは制度が判断を歪めている典型例と言えるでしょう。
問題は、正しいと信じられた思想が制度化され、その制度が三十年にわたって判断を縛り続け、いまもなお完全には解体されていないという事実です。
財政構造改革法は、過去の一法律ではありません。
いまの日本の判断様式そのものを形作った制度的起点として、再検証されるべき対象です。


