「所在不明」という事実が示す、川崎市の情報管理体制

「所在不明」という事実が示す、川崎市の情報管理体制

先日、川崎市において、約9,000人分の職員給与振込データが記載された文書の所在が分からなくなっていたことが明らかになりました。

市は、外部への持ち出しや漏えいの可能性は低く、事務室移転時の整理の中で誤って廃棄された可能性が高いと説明しています。

この説明を聞いて、「実害は確認されていないのだから、大きな問題ではない」と感じた方もいるかもしれません。

しかし、私はこの事案を、決して軽い問題だとは考えていません。

理由は明確です。

問題は、結果ではなく、行政が置かれている状態そのものにあるからです。

今回所在不明となった文書には、氏名、職員番号、給与額、振込口座といった、極めて機微性の高い個人情報が含まれていました。

それが「現在、どこにあるのか分からない」という状態が生じた時点で、行政は「完全に管理できている」とは言えなくなります。

ここで重要なのは、誰かが悪意をもって持ち出したかどうかではありません。

また、担当職員の注意不足を責めることでもありません。

問題の本質は、制度上は管理されているはずの情報が、現場の運用では十分に管理されていなかったという構造にあります。

市の説明によれば、保存期間の延長はシステム上では行われていましたが、段ボール箱に記された廃棄年度の表示は更新されていなかったとのことです。

つまり、「システム上の正解」と「現物の扱い」が一致していなかったわけです。

この構造は、過去に私が議会で指摘してきた、出退勤管理や文書管理、内部統制の問題と同じ型をしています。

制度は導入されている。

記録も存在している。

しかし、忙しさや異動、移転といった現実の中で、制度と運用が乖離し、最終的には「徹底します」という言葉で収束してしまう。

この型が最も危険なのは、「たまたま大事にならなかった」経験が、次の油断を生むことです。

今回の件は、幸いにも外部流出が確認されていません。

しかし、それは結果論にすぎません。

同じ構造のまま、対象が福祉情報や医療情報、生活保護情報に変わったらどうでしょうか。

あるいは、外部委託や災害対応など、より混乱しやすい局面で起きたらどうでしょうか。

行政の信頼は、「事故が起きなかった」ことで保たれるのではありません。

「事故が起きない仕組みになっている」と市民が信じられるかどうかで保たれます。

今回の事案は、派手な不祥事ではありません。

しかし、川崎市の情報管理と内部統制が、限界に近づいていることを示す警告灯だと私は受け止めています。

警告灯が点いた段階で、構造を直すのか。

それとも、実害が出てから慌てるのか。

私は市議会議員として、これを「小さなミス」として処理するのではなく、再発しない仕組みへとつなげる議論を、これからも続けていきます。