過日のブログでも述べたとおり、香港の宏福苑火災で159名の命が奪われた悲劇は、延命工事が安全対策と矛盾した瞬間に、思想の善意が現実に裏切られることを私たちに突きつけました。
安全のための補修工事が、可燃材や足場によって火を拡大させたように、延命は時に「安全を守るための施策」が「安全を脅かす装置」に変わることがあります。
私はこの出来事を対岸の火事とは考えていません。
むしろ、川崎が直面している現実と重なって見えます。
なぜなら、川崎市でも延命型の公共施設改修が同じ構造リスクをすでに示しているからです。
これも当該ブログで何度も取り上げていることですが、市立労働会館では「建替えより安い」という前提で大規模改修が選択されたものの、竣工図が存在せず、工事を進めるなかで劣化箇所が次々と判明し、追加補修が発生しました。
節約のつもりの延命が、逆に高くついたのです。
そして今回、登戸陸橋詳細修正設計委託の進捗状況でも同じ構造が見えてきています。
既設鉄筋の位置が設計図と異なり、当初予定の工法では施工できず、設計の見直しと追加検討が必要となりました。
工事は中断し、履行期限は令和8年3月へと延長されています。
こちらは火災でも爆発でもありません。
しかし、異なる現場で起きた出来事にもかかわらず、内在する構造は共通しています。
香港は命を奪い、労働会館は時間と費用を奪い、登戸陸橋は施工そのものを止めました。
結果の形は異なっても、見えない根本原因は同じなのです。
もちろん、背景には「建替えより延命を優先する」という政策思想があります。
行政支出は抑えるべき、老朽施設は活かすべき、長寿命化で財政負担を平準化すべき――その思想は善意であり合理的に見えます。
問題は、その思想が制度として固定化され、現場では老朽施設を前提に改修する運用が標準化し、劣化部材や規格差、不確実性を抱えたまま工事に踏み込む構造が生まれることです。
安全のための修繕が、危険の構造を露呈させる。
まさに香港と川崎の両者を貫くメカニズムです。
長寿命化は悪ではありません。
ただし「延命ありきで建替えを排除すること」が危ういのです。
延命は図面の外側に潜むリスクを含み、開けてみるまで分からない不確実性を抱えています。
追加工事・遅延・費用増加は偶発ではなく、延命方式の構造的帰結です。
だからこそ川崎市は、延命と建替えを同列で比較し、リスク評価と予備費の確保を制度的に担保しなければなりません。
コストだけでなく安全・寿命・供給力の総合価値で判断するフレームが必要です。
節約は目的ではなく手段です。
私たちが守るべきは財政ではなく市民の命と生活です。
未来を延命で先送りするのか、それとも更新投資で未来を創るのか。
判断を曖昧にするほど、ツケは大きくなり、将来の市民に回ります。
私は議会で、この構造問題を問い続けてまいります。


