トランプ外交の構造――偶発が世界を動かすとき

トランプ外交の構造――偶発が世界を動かすとき

米国のトランプ大統領が、自身のSNSで「習近平国家主席とのG2会談は非常に有意義だった」と投稿しました。

「G2」とは、米中両国が今後の世界秩序を二極体制のもとで主導するという発想を示す言葉です。

これまでのいかなる米国大統領も、公式に米中関係を「G2」と呼んだ例はなく、この一言が世界の外交界に波紋を広げています。

興味深いのは、この発言が果たして明確な戦略構想に基づくものか、それとも思いつきに近い即興的な発言であったのか、という点です。

おそらく後者であったと考えられます。

トランプ氏は、外交を理論や理念ではなく「取引(ディール)」として捉えるタイプであり、その発言の多くは交渉上のレトリック、あるいは政治的演出として用いられます。

したがって、「G2」という言葉に戦略的な体系があったとは考えにくいのが実情です。

しかし、問題は意図の深浅ではありません。

国家元首、しかも覇権国である米国の大統領が発した言葉は、それ自体が国際秩序を動かす「構造的現実」となります。

どれほど即興的な発言であっても、世界はそれを外交的シグナルとして受け止め、各国の行動を変化させてしまうのです。

言葉が政策を生み、政策が現実を変える――国際政治ではしばしば、こうした“言葉の独り歩き”が歴史の方向を決めてきました。

この点を、現実主義の巨匠ジョン・ミアシャイマーの視座から見直すと、トランプ外交の特異な意味が浮かび上がります。

ミアシャイマーは著書『リベラリズムという妄想』で、戦後の米国が築いてきた「リベラル国際秩序」を、理想主義的な幻想にすぎないと断じました。

国家は常に自己の安全を最大化する勢力追求的アクターであり、人権や民主主義の普遍化を掲げた秩序は、結局は力の論理によって崩壊する――これが彼の主張です。

この観点からすれば、トランプの「G2発言」は、まさにリベラル秩序への決別宣言であり、世界を再びパワーポリティクスの時代へと引き戻す象徴的な出来事です。

トランプ氏は、普遍的価値よりも国益を、同盟よりも取引を、制度よりも力の均衡を重んじます。

その姿勢は、理論に裏打ちされたものではないにせよ、結果として「現実主義的秩序」への回帰を促しています。

ミアシャイマーの言葉を借りれば、トランプは“理論なきリアリスト”、すなわち「偶発的リアリスト」なのです。

本人に構想がなくとも、彼の行動はリベラル幻想を壊し、現実主義の力学を復活させる触媒として機能しています。

では、その「偶発的リアリズム」は、日本など米国の同盟国にどのような影響を及ぼすでしょうか。

第一に、同盟の理念的基盤が崩壊します。

戦後の同盟は、「自由と民主主義」という価値の共有によって結ばれてきました。

しかしトランプ流の外交では、同盟もまた交渉の道具であり、価値共同体ではなく取引関係として扱われます。

その結果、日本や欧州は「米国が守るべき同盟国」から、「米国が必要とすれば利用するパートナー」へと位置づけを変えつつあります。

第二に、安全保障構造が不確実化します。

もしトランプの頭の中に「米中による勢力圏分割」という発想が少しでもあったとすれば、太平洋地域は米中の力の境界線となり、日本はその最前線に立たされます。

米国の防衛コミットメントが曖昧になれば、日本は自らの抑止力を強化せざるを得ず、核を含む防衛戦略の再検討も避けられません。

第三に、経済秩序の分断が進みます。

トランプの「G2」構想は、表面的には米中の協調を装いながら、実際には世界経済を二極化させます。

日本は米国との同盟を維持しつつも、中国市場への依存を断ち切れず、経済と安全保障の板挟みに立たされることになります。

国家戦略としての「経済安全保障」は、もはやスローガンではなく、生存条件となるでしょう。

そして最後に、日本は「従属的リアリズム」からの脱却を迫られます。

これまで日本は、米国の覇権を前提に現実主義を採用することで安全を得てきました。

しかし、米国がリベラル秩序を放棄し、覇権国家として自己中心的に振る舞うなら、日本はもはやその傘の下に安住できません。

必要なのは、軍事的自立だけでなく、通貨・食糧・技術・情報といった総合的主権の確立です。

トランプの「G2」発言は、単なるSNSの呟きであるかもしれません。

しかし、その言葉は米国の深層心理――「もはや自由主義的秩序を支えきれない」という現実認識――を反映しています。

その偶発的な一言が、世界を“戦後”から“現実主義の時代”へと導く引き金になるかもしれません。

日本はその渦中にあり、もはや「同盟による安定」に依存するだけでは国を守れません。

言葉が偶然であっても、歴史はそれを必然に変えていく。

トランプ外交の本質は、まさにその「偶発が構造を動かす力」にあります。

そして日本にとっての課題は、その構造変化を受け身で嘆くことではなく、主体的に乗り越えるための戦略を持つことにあります。