「自己実現的予言」という言葉をご存知でしょうか。
この言葉は、米国の社会学者ロバート・K・マートンが1948年に提唱した概念です。
当初は、人種や経済に関する偏見や誤解が社会的行動を通じて現実化してしまう現象を説明するために用いられていましたが、現在では日本経済の停滞を理解する上でも欠かせない概念となっています。
では、自己実現的予言とはどのような仕組みなのでしょうか。
端的に言えば、誤った状況認識が新たな行動を呼び起こし、その行動によって誤った考えが現実のものになってしまう現象を指します。
その典型例が、2020年のコロナ禍初期に起きた「トイレットペーパー不足」です。
当時、国内で流通しているトイレットペーパーの97%は国産であり、海外からの供給が途絶しても品切れになることはありませんでした。
にもかかわらず、「トイレットペーパーが無くなる」という誤った認識が広がり、人々が一斉に買いだめに走った結果、物流の供給能力が限界を迎え、実際に店頭から商品が消える事態となってしまいました。
存在しなかった危機を、人々の行動が現実にしてしまったのです。
この構図は、今日の日本経済にもそのまま当てはまります。
「もはや経済成長しない」という誤った認識が、実際に経済成長を妨げているのです。
トイレットペーパー不足であれば一過性の笑い話で済みますが、日本経済そのものが成長できないとなれば洒落になりません。
「人口が減っているのだから、日本は成長しないのではないか」と思われる方も多いかもしれません。
しかし、日本の人口減少はバルト三国や東欧諸国と比べれば軽微なものであり、それらの国々は人口減少下でも経済成長を実現しています。
日本が成長できない本当の理由は「デフレ」、すなわち総需要の不足にあります。
そもそも経済とは何でしょうか。
経済とは「所得創出のプロセス」であり、人々が働いて財やサービスという付加価値を生み出し、それらの付加価値が消費や投資という支出行動を通じて需要され所得となります。
その所得が再び支出に回り、別の生産者の所得を生む。
この循環こそが経済であり、その総計が国内総生産(GDP)です。
経済成長とは、このGDPが拡大することを意味します。
そしてGDPを拡大させるには、誰かが消費や投資を通じて支出を増やさなければなりません。
ところが、「日本は成長しない」「将来は暗い」と思い込んでいる国民が積極的に支出するでしょうか。
むしろ将来不安に駆られて貯蓄や借金返済を優先してしまいます。
しかし、いくら貯蓄や借金返済を積み上げてもGDPは1円も増えません。
なぜなら、それらは支出には含まれないからです。
結局のところ、「日本経済は成長しない」という思い込みが、消費や投資を抑制し、その結果として経済成長を止めてしまっています。
まさにマートンの言う「自己実現的予言」が、日本経済を蝕んでいるのです。
そして、自己実現的予言に最も陥り、緊縮財政により支出を抑制している経済主体こそが、我が国の政府(役所)なのです。