石破内閣はいま、ガソリン税の暫定税率を廃止するため新たな財源確保に必死になっています。
むろん、正しい貨幣観・財政観に立脚すれば、暫定税率の廃止(減税)に財源を求めるのは間違いです。
結局のところ、財源確保の手段は三つしかありません。
第一に増税、すなわち国民の懐から貨幣を召し上げること。
第二に歳出改革、他の予算を削って新規事業に充てること。
そして第三に国債発行、新たな貨幣を発行することです。
増税は国民経済から貨幣を取り上げるため、名目GDPを確実に縮小させます。
歳出改革は予算の付け替えに過ぎず、国民経済に流通する貨幣量を増やしません。
唯一、国債発行だけが国民経済への貨幣供給であり、名目GDPを拡大させる効果を持ちます。
したがって、「コストプッシュ・インフレ」と「サプライロス・インフレ」が併存する我が国の現状においては、国債発行による財政支出の拡大しか道はありません。
ところが、国債発行に反対する声はいまだ根強くあります。
国債の利払費には、国際的に標準とされる「ネット方式」と、日本だけが続けている「グロス方式」とがあります。
ネット方式とは、政府が支払う利子から受け取る利子収入を差し引いた実質的な負担額を計上する方法であり、米国をはじめ世界の国々はすべてこの方式を採用しています。
ところが日本は、利子収入を差し引かないグロス方式をとり、見かけ上の負担を大きく見せているのです。
さらに日本は「償還費」までも国債費に計上しています。
実際には国債の元本は借換によって繰り延べされ続けているにもかかわらず、毎年きちんと返済しているかのように見せるために「償還費」という項目を設けているのです。
こうして「グロス利払費」と「償還費」を合算した国債費は巨額に膨れ上がり、財政危機を強調する材料として利用されています。
なぜ日本だけがこのような制度を続けているのでしょうか。
その背景には、戦後占領下で制定された財政法第4条があります。
同条は「国の歳出は、公債または借入金以外の歳入で賄うこと」を原則とし、例外的に建設国債だけを認めています。
大蔵省の法規課長であった平井平治氏は、著書『財政法逐条解説』の中で「財政法第4条は憲法9条の裏書き条項だ」とまで述べており、その解釈は後に国会でも紹介されました。
つまり「赤字国債を禁じることで平和主義を守る」とする発想だったわけです。
しかしこれは机上の空論です。
日本が初めて赤字国債を発行したのは1965年の佐藤栄作内閣のときでしたが、その後、日本は戦争をしていません。
むしろ歴史が示しているのは逆であり、国債を発行したから戦争が始まったのではなく、戦争遂行のために国債発行が不可避となったのです。
国家が自衛戦争を決意した場合、「おカネがないから戦わない」という選択をする指導者はいません。
現にウクライナのゼレンスキー大統領が財政規律を理由にロシアに降伏するなどあり得ないことです。
一方で国家は財政破綻に陥っても滅びません。
ギリシャもアルゼンチンもレバノンもデフォルトを経験しましたが、世界地図から消えたわけではありません。
しかし戦争で敗北すれば、国は滅亡するか従属国家となるしかない。
日本自身が敗戦によってその歴史を体験しています。
歴史を振り返れば、むしろ財政規律に厳格だった国ほど戦争に走っていることが分かります。
金本位制度は第一次世界大戦を抑止できませんでしたし、健全財政を重んじたナポレオンは収支均衡を維持するために他国を侵略して財源を確保しようとしました。
要するに、財政規律で平和を創出することはできないのです。
それにもかかわらず、日本は国際基準に反してグロス利払費や償還費を計上し続けています。
その理由は、財務省が「財政危機」を演出するためです。
国債費を不自然に膨らませ、国民経済が借金漬けで破綻寸前であるかのように装い、増税や歳出削減を正当化しているのです。
要するに、国債発行を禁じても戦争は防げず、むしろ国民経済を支える唯一の手段こそ国債発行なのです。
財務省による財政危機論の演出に、騙されてはならない。