アノクラシーの淵に立つ米国

アノクラシーの淵に立つ米国

「アノクラシー」という言葉をご存知でしょうか。

これは、完全な民主主義でも完全な独裁でもない、中間的で不安定な政治体制を指します。

制度上は選挙や議会など民主的な仕組みが存在していても、その運用や実態が機能不全に陥り、国民の政治への信頼が損なわれ、権力の正統性が揺らいでいる状態です。

このような体制は、政治的分断や社会的不満が高まりやすく、しばしば内戦や大規模な政治危機の温床になるとされます。

近年の米国は、このアノクラシー状態に近づきつつあると多くの研究者が指摘しています。

選挙制度への信頼低下、党派間の極端な対立、政治的暴力の増加、そしてSNSによる情報空間の分断は、その典型的な兆候です。

実際、2021年1月の連邦議会議事堂襲撃事件は、選挙の正統性を否定する一部の勢力が暴力行動に訴えた象徴的事例でした。

また、州ごとに選挙制度や投票ルールが大きく異なり、その改定をめぐって訴訟や対立が繰り返される状況も、制度への不信を深めています。

加えて、銃乱射事件や政治的動機による襲撃が相次ぎ、治安の不安定さが政治的不安を増幅させています。

その背景にあるのが、新自由主義の長期的な影響です。

市場原理の優先、規制緩和、公共部門の縮小、グローバル化の推進といった政策は、経済格差を拡大させ、中間層を縮小させました。

格差と分断は、政治が自分たちを代表していないという感覚を強め、その不満は既存の制度や秩序への失望を深めました。

こうして、現状を根本から変えることを求める極端な政治思想を容認する心理的土壌が形成されたのです。

その結果、社会全体が妥協を拒む修復困難な対立構造へと傾き、政治的安定は根底から揺らぎ始めています。

産業構造の変化は地域経済の衰退を招き、政治資金やロビー活動の肥大化は国民の政治的影響力を弱めました。

社会保障や公共サービスの後退はセーフティネットを希薄化させ、不満層が敵対感情を他者や政府に向ける素地を広げる結果となりました。

こうして、新自由主義は経済的、社会的、政治的な三つの側面からアノクラシー的症状を同時に進行させたのです。

このアノクラシー的環境こそが、トランプ氏の支持基盤を強固にしました。

既存の政治エリートや制度に失望した人々が、既存秩序の変革を訴える象徴として彼を支持し、「米国を再び偉大な国にする」というスローガンはその感情を巧みにすくい上げました。

結果としてトランプ氏は多くの支持を集め、大統領に就任するに至ったのです。

しかし、新自由主義がもたらした深刻な構造的問題は、新自由主義的な発想のままでは解決できません。

その枠組みを根本から見直し、格差是正や社会的包摂を重視する政策への転換がなければ、米国はアノクラシーの淵から抜け出せないままであり続けます。

そして、この状態がさらに突き進めば、国家を二分する規模の深刻な紛争や暴力的対立が現実となり、民主主義体制そのものの存続が危うくなるでしょう。

放置すれば、国家の分断は決定的なものとなり、回復の道を断たれる恐れがあります。

この危機は、もはや目前に迫っているのでは…