全国44の国立大学附属病院の昨年度決算が、過去最大となる285億円の赤字に達したことが明らかになりました。
赤字に転落した病院は全体の7割近くにのぼり、経営の継続が危ぶまれています。
赤字の原因は、収益の増加以上に医薬品や人件費などの診療経費が膨らんだことにあり、物価高や人件費の上昇に診療報酬が追いつかない構造的な問題が横たわっています。
こうしたなか、「公立病院の赤字=無駄」といった一面的な批判が根強くあります。
実際、厚生労働省はコロナ禍直前の2020年、川崎市立井田病院に対して「近隣と医療機能が重複している」として、病床削減を求める通達を出していました。
しかし、その後に発生した新型コロナウイルスの感染拡大に際し、同病院は市内最多となる1万2千人以上の陽性患者を受け入れ、市民の命を守る砦となりました。
もし、あのとき病床が削減されていたら、川崎市は医療崩壊を免れなかったかもしれません。
日本の病床数は法律(医療法)によって制限されています。
川崎市の場合、北部・南部のいずれの医療圏も500床ほど過剰とされており、法制度上、新たな病床の確保は困難です。
そもそも、病床数が制限されている背景には、病院同士の競争抑制と同時に、財務省による医療費削減圧力が存在します。
厚労省の通達も、こうした「緊縮財政」の一環とみられます。
しかし医療は、黒字を追求する企業経営とは異なります。
診療報酬という公定価格制度のもとで医療サービスが提供されている以上、病院経営を民間企業のように黒字化するのは至難の業です。
たとえば、日本の外来診察料や手術費用は非常に安価に設定されており、欧米ではその数倍から十倍以上の価格が一般的です。
つまり、赤字の公立病院は、医療を受ける国民側から見れば「黒字」であるとも言えるのです。
公立病院が赤字であることは、平時における供給能力の余裕、すなわち「安全保障」として機能します。
緊急時に必要なのは、「黒字」ではなく「供給余力」なのです。
民間病院が同じ状態であれば倒産しますが、政府が運営する公立病院は倒産せず、供給の余剰を維持する役割を担うことができます。
「いざというときに備える」ために、日頃から供給能力を余らせておく。
それこそが本来の医療政策であり、国民の命を守る防波堤です。
赤字の病院を「ムダ」とする前に、私たちは医療を「供給のインフラ」として見なすべきです。