公共事業費を削減し続けてきたツケ

公共事業費を削減し続けてきたツケ

日本建設業連合会(日建連)は2025年7月22日に公表した新たな長期ビジョンにおいて、10年後の2035年度には建設技能者が最大で129万人不足するとの深刻な試算を示しました。

今回の長期ビジョン策定は2015年以来10年ぶりであり、建設業界が直面する労働力不足への強い危機感がにじみ出ています。

日建連は、担い手確保に向けて、年収や休暇の改善、人材育成体制の整備などについて、2035年度までの目標を具体的に掲げました。

このような問題意識の背景には、すでに進行している業界の構造的な疲弊があります。

2024年に発生した建設業の倒産件数は1,890件となり、過去10年で最多を記録しました。

総務省の労働力調査によれば、同年の建設業就業者数は約477万人で、前年比1.24%の減少となっています。

かつて1997年には約685万人を数えたこの業界の人材は、2019年以降、500万人を割り込む状態が常態化しており、同時に高齢化も進行しています。

60歳以上が約123万人(25.8%)、50歳代が約120万人(25.2%)と、就業者の半数以上が50歳以上を占めています。

一方で、30代・40代、さらには29歳以下の若年層の割合は縮小を続けており、将来的な担い手不足がすでに顕在化しています。

こうした人手不足に加え、2024年4月に施行された「時間外労働の上限規制」が建設業界にさらなる圧力を加えました。

せっかく工事を受注しても、従事する人材が確保できなければ工事は進まず、人件費や資材費の高騰が採算を圧迫し、結果的に倒産に至るケースが増加しています。

このような状況は、需要過多によるインフレではなく、供給能力の喪失によって引き起こされる「サプライロス型インフレ」と呼ぶべき現象です。

たとえば、国土交通省の推計によれば、2024年度の建設投資額は前年度比2.7%増の約73兆円と堅調に推移しているにもかかわらず、仕事を請け負える企業が不足しているという、いびつな需給ギャップが生じています。

これは、お米農家が減反政策によって供給能力を削られてきた構図と極めて似ています。

長きにわたり、「無駄な公共事業をなくせ」「将来世代に借金のツケを回すな」といった大義名分のもと、公共事業費が大幅に削減された結果、建設業界の供給能力が著しく損なわれてきたのです。

2000年度を100とした場合、2024年度の公共事業関係費はわずか60程度にまで落ち込んでおり、ピーク時の半分以下という実態にあります。

いまや建設業は、需要があっても供給が追いつかないという深刻な構造不全に陥っており、その代償はすでに国民生活や安全保障にまで及んでいます。

こうした事態に対して、移民労働者の受け入れによって労働力不足を補おうとする動きもみられますが、それには極めて慎重な対応が求められます。

実際、OECDの統計によれば、わが国における外国人移住者数は世界第4位にまで増加しており、急激な受け入れ拡大は、治安や社会統合の両面において大きなリスクをはらんでいます。

欧州各国の事例が示すとおり、移民政策には「移民の受け入れ」「安全な国家」「国民の自由」という三者の間にトリレンマが存在し、三つすべてを同時に満たすことは極めて困難です。

したがって、建設業の再生には、短期的な人材確保にとどまらず、公共投資の適正な水準の回復と、供給能力の持続的な維持・強化という中長期的な政策転換が不可欠です。

とりわけ重要なのは、限られた人材でより多くの建設需要に応えられるよう、建設業界の生産性向上を支援する政府投資を強力に推進することです。

たとえば、ICT(情報通信技術)やBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)、プレキャスト建材の活用、建設機械の自動化など、現場革新に資する技術や設備投資に対し、政府が積極的に補助金や減税措置を講じる必要があります。

さらに、技能者の育成や資格取得支援、若年層の入職促進といった施策と連動させることで、業界全体の生産性と持続性を底上げする取り組みが急がれます。

今こそ、「無駄な公共事業」などという表層的な言説に惑わされることなく、建設産業を国民生活と国家機能を支える不可欠な基盤として位置づけ、戦略的な公共投資と技術革新の両輪によって、その再生に取り組むべきではないでしょうか。

真に将来世代にツケを残さないためには、今ここで、供給力と技術力の喪失を食い止めるための大胆かつ本質的な政策が求められています。