首都直下地震、4つの想定

首都直下地震、4つの想定

世界でも有数の地震大国である我が日本国。

歴史を振り返ってみますと、日本は常に地震に脅かされながらも様々な対策を講じることで災害に立ち向かってきました。

とはいえ、とりわけ地震については予知が困難であり、その対処に万全を期すのはほぼ不可能であるのも事実です。

IMFのクリスタリナ・ゲオルギエヴァ専務理事は「ポスト・コロナ時代は不確実性が常態化した時代(ニューノーマルの時代)」と言っておられますが、我が国において最も発生確率の高い不確実性(危機)は「巨大地震」です。

政府の地震調査委員会によれば首都直下地震、南海トラフ地震などの巨大地震(マグニチュード8~9)が30年以内に発生する確率は60~70%とされています。

ただ、この数字は2013年時点のもので、以来年々1%程度上昇すると言われていますので、発生確率は今や8割ちかくに達しているものと推察します。

日本の人口の約3割が集中している首都圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)を巨大地震が直撃すればどうなるか。

その被害は関東大震災を上回ると言われています。

現在、想定されている首都直下地震には4つの種類が想定されています。

1つ目は、関東内陸部にある断層が動く「内陸型地震」です。

なかでも巨大なのは東京都府中市から埼玉県飯能市にかけて存在する長さ33キロメートルの立川断層です。

この断層が動いた場合、東京西部の人口密集地にマグニチュード7.4の地震が発生し、およそ6300人の死者がでると推定されています。

立川断層帯は1万年から1万5千年の周期で動くことがわかっていますが、前回動いたのは2万年から1万3千年前ですので発生確率が高いのもよく理解できます。

このほかにも首都圏において歪が蓄積していると考えられている断層帯が数箇所あります。

加えて、未知の活断層がどこかに隠れている可能性もあり、もはやいつ地震が生じてもおかしくない切迫した状況となっているようです。

2つ目は、東京湾北部地震と呼ばれる「海溝型地震」です。

これにより地盤の弱い東京23区の東部を中心に震度7の強い地震に見舞われると考えられています。

因みに震度7とは、震度のなかで最大の揺れです。

3つ目のタイプは、関東大震災を引き起こした「海の巨大地震」です。

房総半島と伊豆半島の海底には相模トラフと呼ばれる谷状の地形が存在し、この付近を起点とする地震は200年から400年周期で発生しています。

従来の研究では、関東大震災が100年前に起きているので今後しばらくは起きないと考えられてきました。

しかし近年、関東大震災では全体の震源域のうち半分程度しか動いておらず、残りの半分が割れ残りのような状態で破壊されないままになっていることが明らかになっているというから恐ろしい。

むろん、詳しい予測は未だできない段階ですが、関東大震災と同等の巨大地震が迫っている可能性が否定できません。

そして4つ目が、数十年前から発生が懸念されてきた「東海地震」です。

東海地震は、フィリピン海プレートがユーラシアプレートに潜り込むことで生じる海溝型地震です。

震源域は南海トラフと呼ばれる海底の谷の東側、駿河湾から静岡県内陸部にかけてです。

この地域を震源とする海溝型地震は、100年から150年周期で発生していますが、前回起きたのは1854年の安政東海地震と呼ばれるもので、既に160年が経過しています。

即ち、このタイプもまた今日、明日に発生しても不思議ではない状態が続いているということです。

では、これらの地震が発生した場合、首都圏はどうなってしまうのかを具体的に考えてみたいと思います。

首都直下地震は震源が都心に近いため、その分だけ揺れも大きくなります。

例えば東京湾北部地震では、東京の東側、いわゆる下町で震度7の激しい揺れが観測されるでしょう。

震度7とは、1995年に発生した阪神淡路大震災と同じ強さの揺れでテレビやピアノが空中を飛んで壁に激突するほどの激しさです。

人間は立っていることはおろか、身動きも自由にとれず、パニックを起こして思考すらできなくなるといいます。

これによって特に懸念されるのが建物の倒壊です。

東京湾北部地震では、1981年依然に建てられた耐震補強のない家屋のうち6割が瞬時に倒壊すると考えられています。

ということは、全壊する建物が最大約61万棟におよび、死者が最大で約2万3000人にのぼることになります。

地震直後には東京23区において最大でおよそ5割が停電と断水に見舞われます。

交通機関は地下鉄が1週間、私鉄・JRは一ヶ月ほど運行が停止するでしょう。

むろん、主要道路も通行不能の状態に陥ります。

さらに地震の問題は、建物の倒壊など「地震の揺れ」による直接的な被害に留まりません。

東京などの大都市では火災が非常に恐ろしい災害となります。

実際、1923年の関東大震災の際も、犠牲者10万人のうち9割が火災による犠牲者でした。

現代においても幅4メートル未満の道路に沿って古い木造住宅が密集している地域などは特に危険なエリアとなります。

火事によって地上のエリアが高温になると、大規模な上昇気流が生じます。

これはやがて、竜巻状の巨大な炎をともなう旋風、いわゆる火災旋風へと姿を変えていきます。

現在の大都市の中心部では、ビル風によってこの火災旋風が次々と発生し大規模化していく恐れがあります。

また東京湾北部地震などにより、震度7の揺れが東京都で発生した場合、耐震補強のない都心の建物の6割が瞬時に倒壊し、その際に各地で家事が発生します。

これにより最悪の場合、1万6000人が焼死すると考えられています。

巨大地震のあとは主要道路が通行不能となる可能性が高いため、消火活動ができないまま都内各地で火事が拡大していくことになります。

炎に包まれた街から犠牲者たちの叫び声が鳴り響くことでしょう。

むろん、川崎市においても例外ではありません。

そして火事のほか、津波の問題もあります。

相模トラフを起点とする地震や東海地震などの海の地震では、東京湾の周辺は海水面よりも地面が低い、いわゆるゼロメートル地帯が多くあることから、津波の被害が甚大になる可能性が高いと言えます。

高さ2メートルの津波でも海岸から約20キロメートル、高さ6メートルだと約40キロメートルまでが水没する可能性があるとされています。

また津波が湾に流れ込む河川を遡って襲ってくることもありえます。

とりわけ都心は地下鉄が発達しているため、地下のショッピング街等に水が侵入してしまう可能性も大いに考えられます。

さらには液状化の心配もしなければなりません。

日本列島の平野部の多くの地盤の弱い土地では、地中の泥水が吹き上げて周囲が田んぼのようになります。

とくに江戸時代から現代に至るまで埋め立てが進められている東京湾の沿岸部では被害が甚大になる可能性が高い。

液状化によって多くの建造物が傾き、マンホールなどが浮き上がることで道路が遮断されます。

加えて脆弱な地盤の土地では地盤が建物ごと横方向に何十メートルも移動してしまう側方流動という現象も起きます。

このことが河川の堤防をズタズタに引き裂いて決壊させることもあります。

もしそうなれば、侵入した水は一気に低地に流れ込んでいきます。

ゆえに下町などの海抜0メートル地帯に住む人々は、例え津波の心配がなくとも、すぐに高台へと避難する必要ができてきます。

このように被害を想定すればキリがありませんが、残念ながら自然災害だけでなく掠奪などの火事場泥棒的な人災さえも発生するでしょう。

それでも私たちは、そうした現実を直視したうで具体的な対策を打っていくほかありません。

災害や安全保障について言えることは、ただただ「備えあれば憂いなし」です。

にもかかわらず我が国では、ダムや道路や堤防をつくる公共事業は「悪の権化」のごとき扱いを受けています。

理解のない政治家や国民が公共事業を語る際には必ず「無駄な…」という枕詞がつけられます。

こうした手合に「では、何が無駄で何が無駄でないのか定義してみろ!」と問いただすと、彼ら彼女らは絶対に答えに窮します。

東日本大震災や台風19号、あるいは笹子トンネルの崩落事故等を経験した多くのまともな日本国民は、最低限のインフラ政策を公共事業として認めることの必要性を痛感しているはずです。

しかしながら、それでもなおインフラ政策の必要性が十分に理解されているとは言い難いのが実情です。

防災や経済成長等のためにはインフラ整備が必要であることを十分に理解されている方々でも、財源論について理解されていない方々が多いからかもしれません。

例えば土木学会の試算によれば、南海トラフ地震によって生ずる被害は1410兆円とされていますが、たった30兆円規模のインフラ対策を講じることで、その被害を4割減ずることが可能とのことです。

その、たった30兆円の公共事業ができない、それが現在の我が国の実状です。