「浸水レジリエンス債」が映す日本の地方財政――民間依存が招く公共の空洞化

「浸水レジリエンス債」が映す日本の地方財政――民間依存が招く公共の空洞化

横浜市はこのたび、東京海上日動火災保険と連携し、水害対策に限定して使用される地方債「浸水レジリエンス債」を発行しました。

同社は総額15億円を購入し、市は低金利で資金を調達して防災事業を進めることができます。

表向きは「官民連携による新しい防災モデル」として注目されていますが、その構造をよく見ると、近年進むPFIやPPPと同質の問題を抱えていることが分かります。

この仕組みは、一見すると地方財政の創意工夫のように見えます。

しかし実際には、中央政府の財政支出が不十分であるがゆえに、自治体が民間資金に頼らざるを得ないという苦肉の策です。

つまり、通貨発行権を持つ政府が果たすべき防災投資を、地方と民間が代替しているにすぎません。

MMT(現代貨幣理論)の観点から見れば、これはきわめて非効率的な制度です。

通貨を発行できない地方自治体が負債を負い、さらに民間企業がそれを“ビジネス機会”として利用する構図は、公共財を市場化する行為にほかなりません。

本来、防災やインフラ整備といった分野は、国家の安全保障と同じく公共的性格を持つものであり、利益動機によって運営されるべき領域ではありません。

保険会社が市債を引き受ける目的は、被害を減らすことで将来的な保険金支払いを抑えることにあります。

これは合理的な企業判断ですが、公共政策として見れば、民間の収益構造に防災投資の優先順位が左右される危うさを孕みます。

この点は、PFIやPPPが抱える問題とまったく同じです。

PFIやPPPでは、民間企業が公共施設の建設や運営を担い、行政は利用料や契約で支出を分割します。

一見、財政負担が平準化されたように見えますが、最終的には「公共投資の民間化」に他なりません。

公共インフラの維持管理が企業の利益計算の中で再定義されれば、採算の取れない地方事業や防災・保全といった不採算分野が後回しにされるのは必然です。

横浜市の「浸水レジリエンス債」は、まさにこの延長線上にあります。

民間資本が防災事業に関与し、低金利融資によって行政を支援するという構図は、公共事業の“金融商品化”をさらに一歩進めたものです。

これが常態化すれば、公共の安全や命を守る投資さえも、資本市場の動向や企業の判断に左右される社会になってしまいます。

そもそも、こうした仕組みは横浜市のように財政規模が大きく、信用力の高い自治体だからこそ可能なのです。

全国の中小都市では、同様のスキームを成立させることなど到底できません。

結果として、防災投資の格差が拡大し、都市の安全が“市場によって選別される”というゆがんだ構造が生まれるおそれがあります。

だからこそ、中央政府が今以上に自治体財政を直接支えるシステムを構築することが急務です。

地方債の一部を日銀が恒常的に引き受ける仕組みや、災害・防災分野に限定した交付金制度を拡充すれば、財政力に依存しない公平なインフラ投資が可能になります。

もし、防災やインフラ整備に必要な地方債を日銀の買いオペで恒常的に支える仕組みを整えることができれば、自治体財政は相当に潤沢になり、金利負担を負うことなく、防災事業を安定的に実施できます。

通貨発行主体である中央政府が責任を持って地方の安全を支える――それこそが、主権国家として当然の姿勢です。

通貨を発行できる中央政府が、その権限を用いて自治体財政を支え、国民全体の安全を等しく保障する体制こそが、真の意味でのレジリエント国家の基盤です。

いまこそ、財政主権を公の手に取り戻すときです。

積極財政を掲げる高市政権のもとで、こうした政策転換が実現することを強く期待したいと思います。