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憲法について考える その3

英米法

現在の国際社会において認められている「戦争」は以下の三つです。

①個別的自衛権に基づく戦争
②集団的自衛権に基づく戦争
③集団安保の集団的措置に基づく戦争

これまで申し上げてきたとおり、1928(昭和3)年の『パリ不戦条約』によって、締約国は既に①②③以外の戦争を放棄しています。

むろん日本国も締約国の一員です。

要するに、現行憲法の存在にかかわらず、我が国は既に昭和3年の段階において①②③以外の戦争を放棄しているのです。

因みに、現在の日本政府の憲法解釈は、「個別的自衛権」及び「限定された集団的自衛権」に基づく武力行使のみは認められている、としています。

③の集団安保のための武力行使は認められないとし、集団安保についてはPKOへの参加、あるいは多国籍軍や有志連合軍への後方支援などでお茶を濁しています。

領域警備についても様々な制約があって、例えば尖閣諸島でも中国に対し劣勢にたっています。

さて、国連憲章の戦争放棄条規もまた『パリ不戦条約』の戦争放棄条項を踏襲したものです。

その上で国連憲章は、加盟国が世界の警察官となって③の集団安保を果たすことの必要性を謳っているわけです。

集団安保とは、国際社会の脅威となる国が出現した場合、国連加盟国が世界の警察となって、まずは当該国と「話し合い」をし、話し合いに応じないときには「経済制裁」を行い、それでも解決しないときには最終手段として「武力行使」を発動する、というものです。

これまで我が国は、③の集団安保の集団的措置に基づく武力行使に参加していないことから、「日本は国連加盟国に負わされている義務を果たしていない」という国際社会からの批判があることを付しておきます。

ご承知のとおり、現行憲法には「集団安保」に関する規定はありません。

そもそも、GHQ(米国)の占領下にあった日本の憲法を制定するにあたり、国連の敵国扱いの日本が集団安保に参加することなど米国が想定しているはずもありませんでした。

逆にいえば、想定されていないのだから、現行憲法は集団安保での日本の武力行使について「肯定も否定もしていない」と解釈できます。

そこで絶対に押さえておかねばならないことは、現行憲法も国連憲章もともに「英米法」でできている、という事実だと思います。

英米法は、大陸法とは異なります。

大陸法は、国家は「何々ができる」と書かれており、書いてないことはやらない、というもの。

これを成文法とも言いますが、ドイツのように大陸法の国では、年がら年中といっていいほど憲法が改正されているのはそのためです。

成文法の場合、やる必要がでてくるたびに憲法を改正しなけれなりませんので、たしかドイツの憲法は既に70回以上は改正されているはずです。

一方、英米法は、その後の判例や事例が法律になります。

英米法を採用する国の憲法解釈は逐次変更されていくので、あまり憲法は改正されません。

米国(合衆国憲法)はこれまで18回程度の改正が為されていますが、それでも大陸法の国々に比べれば少ないほうで、英国に至っては憲法すらありません。

英米法でつくられた現行憲法を、大陸法的に解釈し改正しようとするのには強い違和感を感じます。

現行憲法、国連憲章、及び日米安保条約が英米法であることを考えれば、現行憲法を改正する必要などありません。

我が国は何の留保事項もつけずに国連に加盟した以上、加盟国としての責務を誠実に果たすべきです。

現行憲法のままでもそれは可能です。
2020/01/23

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