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憲法について考える その2

日本国憲法

1928(昭和3)年に締結された『パリ不戦条約』は今も効力を有しています。

ゆえに現在においてもなお、日本を含むすべての締約国は「国際紛争解決のために戦争に訴えることを非難し、かつ、その相互の関係において国家政策の手段として戦争を放棄している」わけです。

ただし、ここでいう「放棄された戦争」の定義には入らない3つの戦争があります。

① 個別的自衛権に基づく戦争
② 集団的自衛権に基づく戦争
③ 集団安保の集団的措置に基づく戦争

例えば、ベトナム戦争は米国と南ベトナムによる②集団的自衛権に基づく戦争であり、あるいはイラク戦争の際の「有志連合軍」によるイラク攻撃は③集団安保の集団措置に基づく戦争という位置づけになっています。

因みに、国際法を無視して行われた『東京裁判』では、日本が戦った“大東亜戦争”は悉く日本による侵略戦争とされ、即ち『パリ不戦条約』違反として裁かれたわけです。

少なくとも『パリ不戦条約』においては、その戦争が自衛なのか、それとも侵略なのかは、その当事国が判断するとされているはずなのに…

さて、昨日のブログでも申し上げましたとおり、GHQによる『日本国憲法』草案策定にあたり、当初のマッカーサー・ノートでは「紛争解決の手段としての戦争」と「自己の安全を保持するための手段としての戦争…即ち自衛戦争」の二つが書かれてあったらしい。

しかしながら、草案策定を所管していたGHQ民政局のケーディス次長が「自衛戦争の否定は、さすがに無理があるだろう…」と判断したことから、自衛戦争の否定は削除され、新たに「武力による威嚇または武力の行使」が加えられたということです。

その約30年後の1981年、当時のことを振り返ったケーディス氏は「どの国も固有の自衛権は有しているので、この項は私の一存で削った」ことをカミングアウトしています。

要するに、当時の占領軍にとって、9条第一項は自衛権の行使を否定するものではなかったわけです。

ところが、当時の吉田茂首相は、日本共産党の野坂参三(当時・衆議院議員)らの「自衛権は認め、侵略戦争の放棄とすべきではないか」との意見に対し、「正当防衛、国家の防衛権による戦争を認めることは戦争を誘発する有害な考えだ」として、自衛権の放棄を当然と認めた答弁をしています。

その後、「(現行憲法は)自衛権を認めている」という政府解釈の変更がなされ、現在では「個別的のみならず集団的自衛権も認められてる」という解釈がなされるに至ったわけです。

いわゆる護憲派、あるいは改憲派の人たちが共に「(憲法の)解釈変更は危険だぁ!」と騒ぎ立てていますが、もともと「英米法」というのはそういうものです。

現行憲法(占領憲法)は、「大陸法」ではなく、明らかに「英米法」でできています。

英米法でできている現行憲法を大陸法で論じてしまうところに、憲法論議をより複雑にしている根本原因があるように思えてなりません。

明日につづく…
2020/01/22

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