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日本の司法制度はそんなに立派なのか

裁判所

カルロス・ゴーン氏が逮捕・起訴され、ついには保釈中に国外逃亡した件について、べつに詳細に追いかけているわけではありませんが、日本の司法制度に対する氏の批判には一部の理があるのではないかと思い、以下、一言申し上げます。

むろん、保釈条件の海外渡航禁止を無視し、蜜出国によりレバノンに逃亡したことを容認するわけではないことを前提に…

ゴーン氏の声明文によれば…
「日本の司法制度は、国際法や国際条約により守らなければならない法的義務を著しく無視している。有罪が前提で差別が蔓延り、基本的な人権を否定している。私は正義からではなく、不正と政治的迫害から逃れたのだ。やっと自由にメディアとコミュニケーションができるようになった。来週から始めることを楽しみにしている」
…とのこと。

私の言う一部の理というのは「有罪が前提であり」という点です。

要するに「日本の司法は推定無罪でなく推定有罪じゃねえか」と言いたいのでしょう。

日本の刑事事件における有罪率が、99.8%という中国・北朝鮮並の高さであるのは有名な話です。

一時期、この件について調べたことがあるのですが、たしか欧米では50〜60%程度だったと記憶しています。

あるいは、刑事訴訟法では原則として被告人調書を証拠として採用してはならないとなっているはずですが、我が国の検察当局は原則とは無関係に調書を証拠として起訴します。

またそれを、法の番人たる裁判所が事実上、是認している。

素人ながらに思うのですが、よく検察側は「証拠隠滅の恐れがあるから保釈できない」みたいなことを言っていますが、そもそも既に証拠が確保されているから起訴したのではないのか!

「まだ証拠はつかんでいないけど、きっとあなたは有罪にちがいないだろうからとりあえず起訴します」ってことか。

思い起こせば、ロッキード裁判ほど酷い裁判はなかった。

あの裁判で、日本の司法制度は既に地に落ちている。

日本国憲法には「刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手段により証人を求める権利を有する」(37条)とあります。

しかしながら、日本の裁判所は刑事被告人とされた田中角栄先生にその機会を与えませんでした。

日本は、裁判所が平然と憲法違反する国なのです。

ロッキード裁判の際、検察がもってくる証拠や資料のほとんどが米国側から提供されたものなのではないか、などとまで言うつもりはありませんが、少なくとも米国様のご意向に沿うかたちで裁判が進めらたのだろうと私は個人的に推察しています。

子供のころ学校で「三権分立」なんてことを教わりましたが、実際に社会にでてみるとそんなものが虚構であることに気づかされました。

戦後の日本をみて、司法、行政、立法という国家権力の3権が等分に分立しているなどとは、とうてい思えません。

司法、立法の上に敢然と行政が君臨し、司法は行政たる検察と常に歩調を合わせ、立法(国会)は行政の立案した議案を概ね是認する下請け機関にすぎません。

なお、司法と立法の上に君臨する行政の、更にその上に「米国様」が君臨しています。

そして圧倒的多数の日本国民は、このような歪な構造のなか「理不尽」を甘受しなければならないわけです。

我が国が占領憲法(現行憲法)下にあるかぎり、この歪な構造は永遠に続くのです。

ワイドショー番組のコメンテーターが「ゴーン氏の行為は、日本の主権を著しく侵害するものだ」などと、偉そうにほざいていますが、国家としての主権を云々するならば、まずは占領憲法(現行憲法)を否定するべきだろうに。

憲法こそ、まさに主権の発動です。

主権の発動たる憲法を、占領下にあって主権を有しない国が草案し発動することなどできるはずがないではないか。
2020/01/07

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