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ワクチン接種から見える「反省の足りない国」

ワクチン

日本のワクチン接種が一向に進んでいません。

恥ずかしいことに先進国のなかでも最低レベルとなっています。

昨日も、横浜市のワクチン接種の申し込みサーバーが瞬時にして落ちてしまった、という報道がありました。

川崎市では75歳以上の高齢者からの優先的な接種がはじまっていますが、約16万人いる75歳以上高齢者に対し、なんと4万人分のワクチンしか届かず、既に予約は休止状態になっています。

大臣とか与党PT座長とかがテレビに出ては実に調子のいいことを言ってくれますが、肝心のワクチンが接種責任主体である自治体に届かなければ、接種できない国民の不満の矛先はその地域の自治体に寄せられます。

この国の指導層の無能ぶりには、ただただ怒りを感じぜざるを得ません。

大戦末期の大本営首脳部も、きっとこんな程度だったのでしょう。

ロジステックを軽視するところ、あるいは戦略において合理性、論理性、長期性、俯瞰性、網羅性をまったく重視しておらず、ただただ情緒性が重んじられるところもソックリです。

そもそも平時において病床、保健所、公務員、福祉予算等々を減らしてきたくせに、パンデミックという危機に直面したら今度は現場のマンパワーを無視した作戦計画を立てる。

もう無茶苦茶です。

自民PT座長の鴨下某は「10万軒の開業医に1日10人の接種をしてもらえば1日で100万人が接種できる」と嬉しそうに言うけれど、それを実現するための人員、冷凍ボックス、移送手段はどのように確保するのでしょうか。

結果として既存の接種会場から人や機材を割くことにはならないのか。

川崎市は接種の安全性、及び限られたマンパワーを最大限に配置する観点から、集団接種会場での接種を柱にし、足らざるところを個別接種で賄うという方式を採用しました。

これだけでも実に戦略的です。

ところが政府は、当初は「練馬モデル」のような個別接種方式を推奨しマンパワーを分散させておきながら、今頃になって国営で集団接種会場を設置するという。

まるで順序が逆です。

大東亜戦争時、米軍は一つの失敗をおかすと、同じ失敗を二度と繰り返すことがなかったという。

一方、日本軍といえば何度失敗しても稚拙な作戦を繰り返しては敗北し続けました。

最後の頃などは、特攻機の命中率がわずか5%以下になっていたにもかかわらず、それでも敗戦まで特攻機攻撃を止めなかったほどです。

ガダルカナルでもニューギニアでもインパールでも、いつも兵站は無視。

ただただ情緒論が重視され、無謀な作戦が命じられました。

それでも、当時の日本軍は現場の兵隊さんたちの異常なほどの頑張りによって乗り切った戦闘もあります。

昔から日本は、軍事であれ医療であれ現場は一流なのです。

例えば、市立川崎病院では地域の医療従事者へのワクチン接種を行っていますが、神奈川県の予約システムが稼働していないために予約調整の一軒一軒を手作業で行っています。

それを行っている担当者の睡眠時間は毎日3時間ほどだそうです。

インフラやロジスティックが追いついてないがために、結局は現場職員の頑張りに依存する。

我が国は、あの戦争から何も学んでいない。
2021/05/04

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