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道義的財政論・・・!?

財政

きのう川崎市議会では「予算審査特別委員会」の最終日でした。
(各常任委員会での審議は本日から始まります)

議場で他人様(ひとさま)の質疑を聴いていると、なにかと勉強させられたり驚かされたりすることが多い。

例えば、そもそも質問の前提となっている事実関係が明らかに間違っているものもあれば、広げられた風呂敷のわりにはいつのまにか小ぢんまりと質疑が終わってしまう先生もおられます。

あるいは、とりあえず現状と課題だけを訊き、後は「(課題解決にむけて)頑張って下さい」みたいな応援型質疑もある。

むろん、それぞれに有権者の負託を受けて議会に来ているのですからスタイルは自由であっていい。

とりわけ、今回の予算審査特別委員会で一番興味深かった質疑は、この世には様々な財政論があることを承知しておりましたが、なんと「道義的財政論」なるものがあるというものでした。

道義的………!?

少し説明が必要になります。

本市は、未だ人口流入都市です。

と同時に生産年齢人口比率の低下に伴って高齢化も進んでいます。

一方、長年にわたる政府のデフレ放置政策のおかげで、生活保護費や児童福祉費などの扶助費の伸びに税収が追いついていきません。

結果、一部の基金を取り崩しての予算編成を強いられているのがしばしばです。

といって基金の取り崩しは、べつに違法行為でもなんでもありません。

行政として臨機応変に財政措置をとっているだけの話です。

そこで、昨日の予算審査特別委員会で質問にでたのは「年々増えている扶助費を、減債基金を取り崩して財源に当てているのはいかがなものか?」というものでした。

減債基金とは、発行した市債の元利金を償還するために積立てられている「基金」のことです。

減債基金について総務省は「その年の発行額の3.3%を積み立てましょう」と各自治体に対し指導しているのですが、必ず積み立てよ、という法律はありません。

ましてや「取り崩しはダメ…」なんて法律もありません。

なので私は、川崎市が減債基金を取り崩して何らかの財源に当てていることの何が問題なのかがよく理解できませんでした。

と思っていたら、続いて質問者は次のように発言をされておられました。

「確かに、法に反するという根拠はないけれど、道義的によくない!」と。

要するに氏は、財政にも道義がある、と言いたいわけです。

辞書をみると、道義的とは、人の踏み行う正しい道に関すること、とあります。

だけど、行政も財政も人じゃない。

行政は、いわば経世済民を目的とするNPO法人です。

そして財政はその手段です。

道着とは人格に求めるものであって、はたして法人格に求めるものなのでしょうか。

私は、財政収支は総需要の過不足によって調整されるべきとするアバ・ラーナーの「機能的財政論」に共鳴する者のひとりです。

一方、国民経済がどうなろうが、財政は常に収支均衡でなければならないとする「健全財政論」には与しません。

ましてや、財政に「道義的」な健全性を求める道着的財政論など論外です。
2021/03/12

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