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政府の財政観(貨幣観)を変えるには



はやいもので、東日本大震災から3月11日で10年になります。

テレビやラジオの番組、あるいは新聞や週刊誌には、あの大震災を振り返り復興の今を伝えるものが多い。

どれもこれもありきたりな内容で、例によって「もっと被災者に寄り添って」みたいな抽象的感傷論に終始するものが多い。

私としては、復興に関わる個々の事業の進み具合や内容についての云々よりも、この10年間、政府の財政観(貨幣観)が全く変わっていないことに驚愕するほかない。

例えば原発施設は、ご承知のとおり民間会社である東京電力によって管理運営されていますが、原発という軍事施設に匹敵するほどの国家の重要施設の安全性の管理については、本来は政府が費用を含め全面的に責任をもたなければならないはずです。

ところが、津波が福島第一原発を襲うことのと危険性を事前に予測しておきながら、東電のみならず政府も何もしなかった。

大東亜戦争を敗戦に導いた帝国陸海軍もそうであったにちがいない、と思わせるほどに政府も東電も楽観主義に陥っていた節が垣間見えます。

海外の原発では常識となっているベント作業の定期的な試験も訓練も、東電は一切行ってこなかったというのですから。

むろん、それを放置した政府の責任は大きい。

政府にしてみれば「安全性について指導はするけれど、その費用は運営主体である東電が負担すべきもの」と言いたげで、一方、株式会社の東電としてみれば「採算性を度外視してまで安全性を確保することはできない」ということだったのでしょう。

政府に正しい財政観(貨幣観)さえあれば、例え採算に合わないとはいえ安全対策が放置されることはなかったはずです。

言わでもがな、我が国は世界に例をみないほどの超自然災害大国です。

地震もくれば台風もくる。

そして集中豪雨や豪雪も降れば雷も落ち、火山も噴火する。

さすがに、近年の気象激甚化、相次ぐ自然災害によって、国民の意識は変わってきていますが、それでも未だに「公共投資はイケないもの」「ダムや堤防を造るなんて以てのほかだ」という世論は根強い。

しかもその中には「自然を守りたい」という日本人なら誰しもが持つ純粋な動機ではなく、「国の支出を削らなければならない」という全く的はずれな思惑が紛れ込んでいます。

国民の財政観(貨幣観)が変わらないかぎり、政府の財政観(貨幣観)を変えることは極めて困難であることを痛感します。
2021/03/08

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