ブログ

HOME» ブログ »事実を無視する学者たち

ブログ

事実を無視する学者たち

靖國神社

過去とは一つであるはずなのに、人間によって語り継がれる歴史は一つではない。

例えば最近では、鎌倉幕府の成立年代には6つの説があります。

説1:治承4(1180)年

→以仁王が平家討伐の狼煙を上げ、頼朝が鎌倉に侍所(軍事を司る役所)を設置した年

説2:寿永2(1183)年

→木曽義仲を討伐した褒美として頼朝が朝廷から関東の荘園の支配権を認められた年

説3:元暦元(1184)年

→頼朝が鎌倉に公文書(政務と財政を司る役所)と問注所(裁判を司る役所)を設置した年

説4:文治元(1185)年

→平家が滅亡し、頼朝が朝廷から守護・地頭の任命権を与えられた年

説5:建久元(1190)年

→頼朝が右近衛大将(律令制度上、武官の最高位)に任命された年

説6:建久3(1192)年

→頼朝が征夷大将軍に任命された年、いわゆる「イイクニツクロウ鎌倉幕府」という従来説

幕府成立の定義を「朝廷に公認された特定氏族による武家政権の樹立(全国支配が前提)」とするならば、説1と説3は、頼朝が鎌倉に役所を設置しただけの話なので、これをもって源氏による本格的な武家政権の樹立とはならないような気がします。

説2も、義仲討伐の褒美として、朝廷から「今後は関東の荘園を支配していいですよ」と言われただけなので、限定された地域の荘園支配が日本全土を掌握する武家政権樹立の証とは言い難い。

説5の「右近衛大将に任命された」は、いわば防衛大臣と警察庁長官に任命されたようなものであって決して総理大臣ではない。

ゆえにこれをもって本格的な武家政権を発足させたとは言い難い。

説4の「全国の守護・地頭を任命する権利を掌握した」というのは、なるほど全国の支配権を掌握することにつながりますね。

事実上、これをもって朝廷は頼朝政権の発足を認めたことになるのかもしれません。

しかしながら、そのことを「征夷大将軍」という正式なポスト(征夷大将軍は令外の官ですが…)に任命することで、朝廷は頼朝による武家政権の発足を公式に認めた、と解釈することもできます。

その後の『足利幕府』も『徳川幕府』も、初代将軍が「征夷大将軍」に任命された年をもって「幕府成立の年」とされていますので、我が国においては武家政権を発足させた人物が征夷大将軍に任命された年をもって幕府成立とするのが自然ではないでしょうか。

なので私はひきつづき「イイクニツクロウ鎌倉幕府」で記憶したいと思います。

さて、前段が長くなりましたが、鎌倉幕府の成立年代については所詮は「どう解釈するか」程度の話です。

一方、新たな遺跡や資料が発見されることで、即ち新事実が明らかとなって瞬時にして変わるのもまた「歴史」です。

こちらは解釈の問題ではありません。

私が子供の頃、縄文時代のはじまりは紀元前10000年から11000年ごろと教えられてきましたが、1998年に青森県の大平山本遺跡で発見された土器を新たな年代測定法で調べたところ、今から少なくとも16500年前の土器であることが判明しました。

よって縄文時代のはじまりは、紀元前14500年以前ということになります。

因みに、16500年前の土器となると、我が国の土器が世界最古の土器ということになります。

なお、稲作のはじまりについては「紀元前300年ごろに朝鮮半島からもたらされた」とも学校で教えられてきましたが、これも今となっては大いなる嘘です。

プラントオパール分析法や放射性炭素年代測定法の発達により、近年、新たな歴史的事実が判明しています。

それによれば、日本で稲作がはじまったのは、なんと今から6000年前です。

その後、水田稲作がはじまったのは今から3000年前です。

ゆえに紀元前300年どころか、紀元前1000年ごろには既に水田稲作がはじまっていたのです。

ついでに申し上げておきますと「弥生時代に100万人の渡来人が日本にやってきた」という話自体が嘘です。

これも科学的に証明されていることで、弥生時代に日本に来た渡来人はせいぜい年に数家族程度です。

ところが、我が国では今だに「日本の縄文時代は文化も文明もない野蛮な時代だったが、2300年前に来た渡来人たちが稲作という文明を教えてくれた」と教えており、多くの日本国民がそれを信じています。

最大の問題は、歴史学者たちが「科学的に判明した事実」をスルーし続けていることです。

考古学や古代史のみならず、近代史もしかりです。

「昭和3(1928)年以降、我が国の指導者たちは共同謀議して侵略戦争を計画し実行した」だから「戦前戦中の日本は悪い国だった」

これがいわゆる東京裁判史観ですが、未だ多くの日本国民がこれを信じています。

しかし昨今、ようやく様々な事実が明らかとなって、少しずつながらも「大東亜戦争」の真実を知る人が増えてきました。

こちらも鎌倉幕府の成立年代とは異なって解釈の問題などではありません。

事実認識の問題です。

ここでもまた学者を中心に、科学的検証に基づいて立証された事実を事実として認めようとしない人たちが数多おられます。

とりわけGHQ体制に阿ね、東京裁判史観に基づいてでしか思考できなくなってしまった学者たちは散々それで飯を食ってきたものだから、例え真実を突きつけられても素直に受け入れることなどもはや不可能なのでしょう。

こうした手合の人たちのことを「敗戦利得者」と言います。

この敗戦利得者こそ、戦後日本に巣食っている癌細胞です。

それらを払拭することこそが、戦後日本に課せられた最大の政治課題です。

そんなことを考えつつ、今日はこれから靖國神社で昇殿参拝させて頂きます。
2021/01/04

ブログ

セミナー

BLOG

議会報告書

メディア掲載

プロフィール