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日本最初の都市ダムは徳川家康がつくった!

過日に発表された政府の予算案に対して、例によってメディアによる悪意ある印象操作が横行しています。

「歳出拡大に歯止めがかからず…」とか、「過去最大規模の予算案…」とか、「またもや前年度比でプラス…」とか。

あのですね…普通に経済成長する国は、年々、予算規模が増えて当然なんです。

むしろ今の日本はデフレによって満足な経済成長ができていないのにもかかわらず、政府の国債発行残高が増えていないことのほうがよほどに大問題です。

また、「ついに100兆円の大台を超えたぁ…」などと騒ぎ立てていますが、日本の政府歳出を対GDP比(政府歳出÷名目GDP)でみますと、下のグラフのとおり日本だけが突出して大きいわけでもありません。

政府支出対GDP

ご覧のとおり、むしろ少ないほうです。

というか、分母となるGDPが成長していないのは日本だけですので、その分を差し引いてみても、いかに日本政府の歳出規模が小さいのかが解ります。

もしも順調に経済が成長してGDP(分母)が拡大していたら、もっと対GDP比率(分子)は低下していたかもしれません。

日本だけが成長していない

さて、平成の日本は、財務省様にとってはヒトの命よりも大切な緊縮財政(プラマリーバランスの黒字化)を重視して、公共投資等の防災インフラの整備を怠ってきました。

その結果、さほど大きくもない台風が来ただけで、そこいら中で河川が決壊し、多くの地域で水害を招いています。

歴史を振り返りますと、我が国では戦国時代や江戸時代のほうがよほどに防災インフラを重視していました。

あの時代、織田信長は既に幅員6メートルの幹線道路をつくっていますし、武田信玄は世に名高い「信玄堤」という堤防を築き今もってなお機能しています。

徳川家康に至っては、利根川の流れを銚子に向ける付け替え工事を行っています。

この利根川東遷工事は、明らかに日本史上最大の国大開発だったでしょう。

それだけではありません。

徳川家康は江戸入府にあたり、利根川東遷工事とともに行った偉業は「良質な水の確保」です。

驚くなかれ、江戸の街のど真ん中(現在の虎ノ門)に、日本発となる都市ダム(堰堤)があったのをご存知でしょうか。

今の国会議事堂及び首相官邸の裏側に「溜池山王」という駅があります。

山王は山王神社のことですが、地名の「溜池」は虎ノ門の都市ダム(堰堤)によって蓄えられた貯水池のことです。

信じられないかもしれませんが、現在の溜池の交差点から赤坂の繁華街にかけてダム湖だったのです。

そのダム湖は、江戸城の外堀も兼ねていましたが、このダム湖があったからこそ、江戸という都市が徐々に拡張しつつも江戸市民は良質な水を飲むことができたのです。

虎ノ門の都市ダム(堰堤)ができて半世紀が経った頃、江戸の人口は増え続け再び水不足になりました。

それでできたのが玉川上水です。

その玉川上水は虎ノ門の都市ダム(堰堤)に連絡され、多摩川の水が豊富なときは赤坂の溜池に水を貯めておき、多摩川が渇水になるとこの溜池の水を使いました。

虎門の都市ダムと赤坂の溜池は、江戸市民の生活安全保障を担っていたのです。

しかも江戸時代が終わり明治の時代になっても、この都市ダムと溜池は機能していました。

明治19年に近代水道事業が導入され、新宿に「淀橋浄水場」がつくられましたが、多摩川の水は虎ノ門の都市ダムと赤坂の溜池を経由して、この淀橋浄水所の供給されたのです。

因みに、ヨドバシカメラのヨドバシは、淀橋浄水場の淀橋です。

淀橋浄水場に送り込まれた多摩川の水は、沈殿、濾過され、市内に鉄管や鉛管で送水されました。

このように、江戸時代(しかも家康の時代)に構築されたインフラが、明治の人々に良質な水を提供したのです。

まさにインフラのもつ資産効果(ストック効果)ですね。

未だ「無駄」の定義もせず「公共事業は将来へのツケだぁ…」などと言っている頓痴気諸君は、少しは悔いを改めたほうがいい。

昔から「〇〇は死ななきゃ治らない」と言うらしいから無理かもしれませんが…
2019/12/23

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