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林復斎の偉大なる交渉力

林復斎

子供のころ、まさか義務教育機関で嘘を教えらているなどとは思いもよらなかったことですが、今にして思えばと特に歴史については酷いものでした。

むろん、敗戦国及び被占領国であったがゆえに「戦前戦中の日本はすべて悪でしたァ〜。でも戦後は米国様のお陰でいい国になりましたァ〜」という“東京裁判史観”を強要され我が国の近代史が黒く塗りつぶされてしまったことだけではありません。

例えば鎌倉時代の「元寇による襲撃は神風で救われたぁ〜」とか、幕末のペリー来航では「幕府は弱腰外交で開国したぁ〜」とかも悉く嘘だった。

元寇による襲来は、勇敢なる鎌倉武士たちによるガチの奮戦によって蹴散らされたし、幕府から全権を委任され交渉にあたった林復斎の外交交渉力はペリーをタジタジにさせました。

『墨夷応接録』『ペリー提督日本遠征記』によれば、第1回目の交渉において、開国を迫るペリーは次にように話を切り出し林復斎を恫喝しました。

「我が米国は人命を第一に重んずる国である。ところが貴国(日本)は、他国の船が遭難しても救助せず、海岸に近づけば砲撃する有様だ。かかる敵対行為を続けるのであれば戦争もじさない」

これに対しは林は臆することなく次にように切り返しました。

「戦争したいならどうぞ」

意外な言葉に怯んだペリーに対し、林復斎は続けて「砲撃は昔の話で、今は遭難した外国人を救助しているし、外国船への薪や水などの補給もおこなっている。むろん貴国(米国)に対しても行っている」と畳み掛ける。

唖然としたペリーは「必要な物資も供給され、遭難者も助けてもらえているのであれば、別段申し上げることはない…」と語気を弱めざるを得ませんでした。

なんとこの時点で、交渉案件3つのうちの2つ(①漂流民の保護、②薪や水などの提供)が解決してしまったのです。

ペリーは気を取り直し、最後の交渉案件である「貿易」について切り出します。

「交易は大きな利益を生み国々も豊かになる。交易すれば貴国(日本)も格別な利益を得られるはずだ」

これに対し、再び林復斎は毅然として答えます。

「我が国は自らの産物のみで間に合っている。異国の品がなくとも不足がない。よって交易はしない」

またしてもペリーは唖然としたようで、そんなペリーに林は追い打ちをかけます。

「そもそも、交易と先程来あなたが言う人命尊重とに何の関わりがあるのですか?」

林復斎は、人命第一を理由に武力で押し通そうとするペリーの逆手をとったのです。

痛いところ突かれたペリーは暫く沈黙したといいます。

そして「今のご発言はごもっとものことである。このたびの交渉は人命を重んじてのことなので、交易の件はこれ以上は求めない」と、あっさりと貿易交渉を撤回したのです。

林復斎は、人命からカードを切ったペリーの隙きを突いたのです。

そして第2回目の交渉で、ペリーは「米国船へ薪や水などを供給するための港として、横浜港のほか4〜5箇所の港を開け」と要求するわけですが、それに対しても林復斎は「どうしてそんな重要な要求を昨年の国書に書かなかったのか?」「国書には一箇所だけと書いてあったではないか?」と切り返す。

「たしかに昨年の国書には書いていなかった。では、ぜひ検討してもらえないか?」とペリーは妥協します。

ゼロ回答によって交渉が決裂することを恐れた林復斎は、幕閣から許可を得て内政的に影響の少ない「函館」と「下田」の2港だけを開港することでペリーとの交渉を妥結させたのです。

それが旧暦3月3日に締結された『日米和親条約』です。

条約締結のときペリーは、林復斎に対して次のように述べました。

「貴国(日本)の国法はまことに厳重なものであるにもかかわらず、これまで無理をお願いしてきたことを誠に申し訳なく思っている」

この言葉に対し林復斎は「同慶の至りです」と応じています。

実に見事な外交交渉ではないでしょうか。

これのどこが弱腰外交なのか!

むしろ、現在の日米貿易交渉や日英FTA交渉のほうが余程に弱腰です。

例えば今年1月の日米貿易交渉では、日本政府は農業分野で大きな譲歩をしましたが、ご承知のとおりコロナ禍も重なって酪農業界は大ピンチに追い込まれています。

こうした中、米国通商代表部の代表ライトハイザーは「日米貿易交渉が数か月以内にはじまる」と宣言しています。

日米貿易交渉の第1弾は関税が中心でしたが、これから行われようとしている第2弾では、サービス、投資、為替、医療、保険分野にも対象が拡大していくことが懸念されます。

概ね合意したとされる日英FTAも心配です。

いま、ワイドショー番組が「自民党総裁選挙」で一色になっています。

こういうときが実に危険です。

国民の目がワイドショーを通じて総裁選挙に向いている間に、妥協に妥協をつぐような、国益を損なうまさに弱腰の外交交渉が進んでいく可能性があります。

残念ながら今の日本には、鎌倉武士のような勇敢な政治家も、林復斎のような交渉力ある外交官がいるとは思えません。
2020/09/04

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